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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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84.プライベートジェット(2)

「みなさん舞鶴千夜です。私はいま羽田空港にいます。私の後ろ、あちらに見えるのが第3ターミナルです。あそこから多くの国際便が離着陸しています。私は、恥ずかしながら、日本から出るのは今回が初めてですからね、成田空港も含め使ったことはありません。初の海外、楽しみです」


1月最後の対局となる竜帝戦のランキング戦6組の2回戦を終えた翌日、千夜は羽田空港に向かった。


「行先はアメリカ、ロサンゼルスです。ロサンゼルスはハリウッドをはじめとするエンターテイメントの都、とっても楽しみです」


明石さんをはじめとする鎌プロのスタッフ、日本国内でグラマフ賞の放映権を持つテレビ局の密着取材班、そして菱井物産の広報担当者が乗り込む。取材班は菱井物産のCM撮影の仕事も請け負っている。


「果たして本場アメリカで私の歌や演奏は通用するのでしょうか? もちろんただライブをするだけではないですよ。この旅行のクライマックスはグラマフ賞の会場内に潜伏し、可能な範囲で内部から取材をしますので、ご期待ください」


千夜の後ろ、第3ターミナルビルがズームアップされる。


「えっと本来ならば、ロサンゼルスへ向かう旅客機はあそこの第3ターミナルビルから搭乗するのですが、今回はこちら」


ズームが戻って千夜の移動に合わせて、カメラも動く。


「ビジネスジェット専用ゲート。こちらからロサンゼルスに飛立ちます。今回ビジネスジェットをご用意して頂いた、菱井航空システムの高跳たかとびさんです」


高跳は菱井物産の広報担当者だが、子会社の広報を主に担当している。その高跳がプライベートジェットとその専用施設について簡単に説明をする。


「では行きましょう。残念ですが保安上の問題があるのでここからの撮影は出来ません。一旦こちらで失礼します」


「はいOKです」


テレビ局の責任者がOKを出し、高跳さんもOK。千夜とその仲間たちは揚々と出国手続きをする。それからビジネスジェットに乗り込むところから撮影を再開し、機内の設備を案内する動画の撮影を先に済ませる。


「この大きなジェット機が、今回は貸し切りです」


その後は機内食。これも当然特別製だ。


「美味しいです。ここが高度1万メートルなんて信じられないですね」


帰りは傷心のあまり、仕事どころではないかもしれないから撮れるものは先にとっておく。これで後は寝るだけ。初海外をこんなに贅沢に移動したら、エコノミーに乗ったら絶対に満足できないと思う。いや、普段ラッシュの電車に詰め込まれているのだから大丈夫か。


こうして一通りの仕事が終わったら千夜も含めスタッフは再度打ち合わせを行う。とりあえず菱井物産向けの最低限のCMの材料は取れた。あとはロサンゼルスに着いてからの画像が混じることになる。


ロサンゼルスまでの時間はおよそ10時間。そしてこの時期の時差は17時間。つまり東京を午後に出発したのに、当日の朝に到着する。この日着いたら、少し時差調整した後、翌日のライブのリハをする。初日はリハでつぶれる予定。


その出来で二日目の午前中が決まる。


千夜は現在では珍しいほとんどミュージックビデオを作っていないアーチストだ。実際発売されているものもライブの映像のものしかない。これはそこまで時間と手が回らないからだ。だが、せっかくの初海外なので、2日目の午前中、まだ人が少ないうちに、当局から許可を得たスポットで演奏しビデオを撮る。


一か所は早朝に人もあまりいない丘の上でこちらはビデオ用を撮影。もう一か所は街中のストリートで、こちらでは少しでも名前を売りたい。グラマフにノミネートされているこいつ誰? 聞いたことないな、みたいになると寂しいじゃない? だから地元のテレビ局にも話を通して、路上ライブを行う計画だ。余裕があればそれらができる。


だが1日目のリハで満足できなければ上記の予定はキャンセル、2日目はライブの客入れまでずっとリハーサルに費やされる。


そして午後と夜にはライブを行う。5000人ぐらい入る会場はこなので、日本でも東京ぐらいでしか経験がない。だが恐ろしいことにそれらのチケットの半数近くがファンクラブ向け先行販売で売れ、残りも一般販売を開始して30分で売り切れた。5000人が2回だから合計1万人。


私のライブを見るためだけにアメリカに来る日本人が5000人? と思ったが、流石にそんな人はごく少数だった。千夜が知らないだけで、ファンクラブにはいつのまにか外国人がいっぱい登録してくれていたのだ。それらの中でアメリカやカナダの会員がここぞとばかりにチケットを買ってくれたのだ。


でも東海岸とかモントリオールからロサンゼルスって相当距離がある。そりゃ東京よりは行きやすいかもしれないけど。それら北米大陸のファンがチケットを買ってくれたし、残りもすぐに売れた。


今回は私が弾き語りとか、ギターソロをする曲もあるけれど、大半は他の楽器のパートが必要で、それらのミュージシャンはアメリカのプロモーターが用意してくれている。


鎌プロとも付き合いのあるプロモーターで、ライブを成功させるためには手を抜かない。だからと言って私と一発で合わせたものが、わざわざ遠くから来てくれたお客様にお聞かせ出来るできるものになるかはわからない。だから初日のリハで合わせることができなければ、2日目も朝からリハ。余裕があったら、屋外でミニライブとなっている。


そして三日目はハリウッド。観光だけじゃなくてお仕事が入っている。有名な映画のセットをバックに弾き語りの収録をしたりもするが、目玉は有名俳優たちと監督とのディスカッション。そしてディスカッションを終えたらその場で撮影を始め、数時間でショートムービーを作るという、無茶苦茶な企画だ。俳優のひとりには北陸のロケで私の相手を務めてくれたオリバー=ミラーさんがいる。彼を含め男優が2人、女優は私以外にもうひとりで合計俳優は4人。監督も含めてみんなよく引き受けてくれたものだ。まあ成功すれば儲けものという突撃企画だと思えばいい。


そしてその次の日がグラマフの表彰式という、本当に夢のような数日間になる。受験中にこんなことしていていいのだろうかと思わないでもないが、乗りかかった船どころか、もう大型のビジネスジェット機はアメリカに向かって最短距離で海上1万メートルを飛んでいる真っ最中だ。


そしてミーティングが終わったら、千夜もスタッフも寝る。起きているのはパイロットだけ。こうして千夜は初めて日本を出て、ちゃんとしたベッドで寝ている間に太平洋を渡った。調整してくれた明石さんはじめ、新スポンサーの菱井物産様には足を向けられない。


これでなにか賞を取れれば言う事ないんだけど、まあ今からどうしようもないしね。そんなことを考えながら千夜は眠りに落ちた。

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