82.プライベートジェット(1)
千夜は年明けは「比較的」時間があるので、CMの撮影などをいくつかこなす。千夜は良く知らないが、もう来年度の契約準備も始まっていると聞いた。幸い今のスポンサーは間合塾も含めてすべて継続予定になっていると聞く。
「おそらく32連勝とグラマフノミネートがインパクトが相当大きかったと思います」
というのが、明石さんの弁。つまりそれと同じぐらいのインパクトのあることを今後も続けていかないといけない、ってことだね。特に32連勝はもう2度とできないと千夜は思う。
そしてそれらの各社の中でも急に結ばれたスポンサー契約がある。国内、つまりは世界最大手の商社、菱井物産だ。なぜ商社と急に契約を結ぶ必要があったかというと、グラマフ及びベルリナリエ国際映画祭のせいだ。
グラマフは1月末、ベルリナリエは2月末いずれも受験にとって重要な時期だ。グラマフはまだ比較的時間に余裕がある。だが、ベルリナリエの最終日に出演しようとなると普通に旅客機に乗ると、時間が非常に苦しい。
大学入学共通テストが1月中旬の土日にあるが、1月の受験はこれだけ。だから少し早めにLAに飛んで、ライブをしたりハリウッドに行ったりしたりしてからグラマフの授賞式に出て、そこから日本に帰ることができる。
少なくともそのように将棋連盟はそれを前提に日程調整してくれた。そして2月末はそれに輪をかけて大変だ。
2月9日、恵愛堂医科大学の1次試験がある。
2月19日、元治大学医学部の1次試験がある。
そして2月19日から21日までのどこかに、恵愛堂医科大学の2次試験である面接がある。
うん? そう、恵愛堂医科大の2次試験が2月19日になった場合、元治大の受験日と重なる可能性がある。その場合元治大学を諦めるんだろうなあ。そして本命の東大は、2月25日から27日まで試験がある。27日は理科三類だけの面接だ。面接は試験番号順だそうなので、出願が始まり次第出願する予定だ。
ともかく27日に面談が終わったら、その日のできるだけ早い時間の飛行機に乗って、ドイツに飛び立たなければならない。東京からドイツまで直行便に乗れても12時間ぐらいかかる。当然今は夏時間ではないので、時差は8時間。だからもしなにもかもが上手く行って、27日の夕方に成田からの直行便に乗れたとしよう。そうしたら、会場に着くのはベルリナリエ最終日、2月28日の未明にドイツに着ける。
でもそんな都合のよい便は無いんだって。だから乗り換え前提で考えなければならない。乗り換えすると当然遠回りになるし、乗り換えする空港で待ち時間が発生する。空港から会場までの距離も考えると、実際には会場に着けるのは早くて昼過ぎ、おそらく夕方になる。まあ成田の方が遠いけど、ブランデンブルク国際空港もそれなりに郊外にある。そのまま夜まで会場にいて、そこから文字通りトンボ返りする必要がある。
なぜなら3月2日には元治大学医学部の2次試験があるからだ。2月は28日が月末。でも中1日あれば楽勝じゃん。そう思う人もいるかもしれない。だが、考えて欲しい、直通便でも12時間、そして時差による8時間の借金を帰りは返さないといけない。だから会場から空港までの時間や、出入国の手続きなどをすべて無視し、さらに時間ぴったりの直行便があったとしても、最低20時間はかかるということになる。
結論、無理。そもそも恵愛堂医科大と日程が重なる可能性もあるから、元治大学は諦めよう、というのが普通の考え方だ。
だが、その無理を通すのが芸能事務所の仕事で、ここでようやく菱井物産とのスポンサー契約の話が繋がる。総合商社には膨大な数の子会社があるが、菱井物産にはビジネスジェット、いわゆるプライベートジェットを扱っている子会社がある。
つまり商社、正確にはその子会社が、千夜を世界的なショービジネスのイベントである、グラマフ賞やベルリナリエ映画祭への足を用意する。プライベートジェットならば、より都心に近い羽田から、千夜のベストタイミングでドイツに向けて飛行できるし当然直通だ。
残念ながらドイツ側はブランデンブルク国際空港より会場に近い空港はすべて廃止されてしまっている。だが羽田も含めプライベートジェットであれば、出入国などの手続きも簡易に済ませることができる。
そういった一連のイベント参加に向けた取り組みを宣伝に使う。当然これらの賞をもし千夜が得ることができれば大々的に宣伝に使えるし、そうでなくても国内外でネームバリューがあるタレントとして認知されているため、それなりに宣伝効果はある。
さらにそれを足掛かりに他の子会社や本体である菱井物産イメージキャラクターとして舞鶴千夜を起用するという包括的な契約だ。事務所としては、プライベートジェットを借りて、さらにそれらを運用する人員を雇い、空港の利用や国境を越えるために必要なもろもろの手続きを一括して依頼し、そしてそれらの費用までスポンサー自身に丸投げできる。
もちろん菱井物産も、ここで恩を売る形で千夜と契約できれば、その成果を大手を振ってアピールできる。千夜自身、宣伝ではできるだけのことをしようと思うが、賞は主催者任せだからせめて大学だけでも受からなければならない。
いろいろと皆が考えてそれを実行し、交渉してくれているのだなあと、千夜は社長はじめ明石さんたちのサポートに改めて感謝した。