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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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08.文化祭

当たり前だけど舞台はストーリーの順番通りに進む。だが映画はそうではない、時系列とは関係なく、その場所で取れるシーンはできるだけまとめて撮影する。その方が効率的だからだ。演技自体にはある程度慣れてきたつもりの千夜は、この映画独自のやり方になかなか慣れることができなかった。気持ちの切り替えが難しいのだ。


だって、事件が始まる前のシーンを撮った直後に、事件が解決して日常に戻るシーンを撮るのだ。ええっ、まだこの後どうなるか


幸か不幸か撮りなおしはできる。結果千夜のせいで何度もリテイクが発生した。


「千夜ちゃんさぁ、一つのシーンを撮った後、もう一回台本読み直すとかしてリセットした方がいいんじゃないかな?」


相方は千夜より年下の女の子、ただし芸歴は千夜の10倍以上あって、千夜と隔絶した演技力を持っている。彼女、鳥居由美ちゃんから、いろいろアドバイスをもらいながら、千夜は今日もNGを出しながら少しでも前に進もうとするしかないのだった。



千夜も由美ちゃんも学生だから、撮影は土日が多くなる。しかも月2回、静香は奨励会に行くので、その日は由美ちゃんだけになる。もちろん由美ちゃんは売れっ子なので、彼女の方が来れない日もあって、そういう時は千夜だけ撮影される。また脇を務める俳優さん、この方々も錚々たるメンバーなので、最初のうちは挨拶周りに千夜は励んだ。その方々のご都合もあるので、毎週どこか1日は平日も撮影に使われる。


あと千夜は文化祭の日も撮影を休んだ。実は今、静香は正式な将棋部員なのだ。ほぼ幽霊部員ではあるが、ごくたまに気が向いた時に、顔を出すようにしている。で、文化祭、教室ではカフェの調理をして、部活ではお客さんをもてなす係になった。


教室では、せっかくの文化祭なんだから、髪型変えて化粧しようよ、などと誘われたが、静香は頑なに断って、焼きそば専用キッチンスタッフのポジションを得た。カフェなのに焼きそば。静香は決められた時間焼きそばを焼き終わると、その後は将棋部に足を運んだ。宣伝には「奨励会2級の女子生徒とも指せる」と書かれていた。なんだこれ。2級の女子ってひとりしかいないからわかる人にはそれが天道静香だとすぐにわかる。


今、奨励会全体でも女子は4人しかいない。ひとりは奨励会員でも出場できる女流タイトル、女流王者も持っている大沼三段。女性では最強棋士のひとりだが、そろそろ年齢制限に抵触する。ひとりは例の双子、蒔苗まきなえ姉妹の妹が初段、2級の静香。そして最近入って来た6級の子だ。双子の姉は既に女流に転向し、今は女流初段だったと思う。


部活で他の生徒に指導したり、のんびり多面指しをするのは普及の一環だけど、目線も変わるし、駒も落とすので、勉強になると言えばなる。そして文化祭には、思ったより多くの人がお客さんとして来てくれた。そのうちのひとり、生徒のお父さんだそうだけど、元奨励会初段で、今もアマの大会に出ているという人も来て、その人とは静香は平手で指した。静香が後手で戦法は角換わりでちょっと不利な序盤だった。実力的にさすがに強いなと思うところがあったけど、中盤以降何度か緩手もあったので、静香は難敵になんとか勝つことができた。


「負けました」


17手詰めに入ったところで相手が投了した時には、狭い教室に両者への拍手が満ちた。


「これで本当に勝負あり?」


「17手詰めですね」


「すげー。そんなの読めるんだ」


そんな微笑ましいエピソードもあったが、その次の月曜の代休には撮影のスケジュールが入っているのだった。


千夜はキャスト、スタッフすべての人にできるだけ好印象を持ってもらいたい。撮影では足を引っ張るので、それ以外のところではできるだけ気を回したつもりだ。何人か将棋好きの人の方もいらっしゃったので、撮影の合間に指したこともある。最初は、この子指せるの?、みたいに言われることもあったけど、今は奨励会の2級にいます、というと、じゃあ2枚落ちでお願い、とかになる。この前のお父さんみたいな人はおらず、大抵の人は2枚落ちでもこちらが指導するような形になるけど、強い人だと角落ちの千夜といい勝負をする人もいるのでなかなか侮れない。


撮影が無い日は学校が終われば主にレコーディングだ。プロのギタリストに丁寧に教えてもらいながら弾くのだが、難易度の高いところを弾けるようになっても1曲を通して、となるとうまく弾けない。


「チヨ、一度ヒキガタリをしてみようか」


例のアメリカ人プロデューサーがそんなことを言いだした。弾き語り? 楽器を演奏しながら歌を歌うなんて無理に決まってるでしょ?


そう思いつつもわかりましたと言うしかない。将棋もそうだけど、実力がないと発言力もないのだ。


「わかりました」


ダメ元で弾き語りをしてみた。正直考えることが多すぎてアップアップ状態だったが、周囲の反応は違った。


「コッチの方がグッドね。もっかいヒキガタリで今の曲を歌って」


千夜にはわからないなにかがあったのだろう。レコーディングはその日で終わった。


だがまだまだレッスンは続けるという。


「アルバムのリリースとともにツアーを計画しているの。この際、全曲弾き語りの方がいいかもしれないわね」


今日の千夜のマネージャーは恐ろしいことを言い始めた。


「それに映画の監督にも間に合ったって伝えないと。オープニング、挿入歌、エンディングは全部千夜が歌うことになっているんだからね」


はっ?

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