79.年の瀬百景
12月の静香は忙しい、対局だけで多ければなんと14局もある。まあ午前負ければ午後は無いのが2日あるので、少なかったら12局。だから師走の書き入れ時だというのに芸能活動の時間は殆どない。受験もあるしね。
なるほど。社長が『日本CD賞』や『日本歌勝負』に千夜を出さないでくれてよかった。
12月は女流戦から始まる。1局目は女流王偉決勝リーグ、抽選で静香は白組に入ったのでその第1局でもある。この白組のリーグで1位になれば紅組の1位と対戦して、勝った方が女流王偉に挑戦するというシステムだ。
そしてその次が重要な1局だ。ここ2か月程でタイトルを2つ奪取した大沼女流三冠に、挑む番勝負の3局目。ここで勝てれば静香は女流二冠になる。
その後は順位戦C2リーグの7局目、夕陽杯2次予選の準決勝と決勝と大事な戦いが続く。その後は白銀戦D級の第3局で、ここは静香にとって癒しになっている。白銀戦のD級、棋戦で言うと順位戦のC2にあたる女流戦だ。
他の棋戦だと殺伐としている場合が多い。実際先日の順位戦の第7局、静香は初老の先生と対局したがものすごく、なんというか気合の入った目で睨まれた。櫛木さんの兄弟子である田丸さんに聞いたところ、神聖な順位戦で女に負けるわけにはいかないとおっしゃっていたらしい。今まで順位戦で女性に負けたことが無かったらしい。私が初の参加者だからそれはそうでしょうね。
あれに比べるとこのD級はお花畑のようだ。それこそ中学生の少女からご年配の方までいらっしゃるが、対戦相手も周囲のみなさんもとても静香をちやほやしてくれる。これでも女流二冠になったので、功労者の方々を相手に上座に座るのは忍びないが、気になるのはそれぐらい。静香はいい気分で対局を終えた。
その後も棋戦は続くが、その一方で撮影のお仕事も入った。
「えっと前回はB判定でしたが、今回の舞鶴さんの成績はどうでしょうか?」
「前回よりは感触はよかったんですけれど、多分私のライバルたちもレベルアップしているでしょうからね。うん、B判定キープとみました」
「B判定でいいですか?」
「えっ? 先生結果をご存じなんですか?」
「…………」
「なんですか、今の間は。じゃあ開けますね。せーの。おお、A判定ですよA判定。模試を受けてきて初めて見ました」
『間合塾で冬を収穫しよう』
当初12月までは秋バージョンで、年を明けてから「冬の収穫」が使われる予定だったのだけど、12月で秋はないだろうということで、12月のCMから今のバージョンが使われている。
そして条件付きではあるが、間合塾さんは来年も私のスポンサーになってくれることになった。条件はどこかの大学に受かったら、なんだけど、私は3回しか受けないから全滅の可能性もある。
もしいずれかに合格したら、みんな大学で待ってるよ、ってな感じのCMになるそうで、今年度のように毎月前半・後半で2バージョンずつ流すという大規模キャンペーンではない。なお、一応私の面接対策も兼ねていて、医学部を目指す理由も、春頃には安定している職業だから、という身も蓋も無いものだったが、夏頃には人命の尊さに触れるシーンがあり、秋には僻地医療の最先端に触れて、決意を新たにする、というシーンもあった。
この頻繁にあった、大型キャンペーンもそろそろ終わりかと思うとなにか寂しくなってしまう。是非結果を出したいところだ。クリスマスソングが流れる中、静香も受験が目前に近づいていることを思い知らされた。
だが、それでも棋戦は続く。新人戦は26歳以下の棋士だから、静香はあと10年ぐらい出れる。だが若手の登竜門と言われる棋戦の中でも静香が取った、チャレンジカップや清流戦よりも格式が高い。それは歴史の長さもそうだし、対局時間の長さもあるだろう。そして期間も長い。決勝戦は来年の10月だ。
チャレンジカップは持ち時間が20分、清流戦でも1時間。だが、新人戦は3時間と一般の棋戦とほぼ同じ持ち時間がある。そして出場できる棋士の数も多い。清流戦など四段しか出場できないが、新人戦には六段以下の棋士が出て来る。除外されるのはタイトル戦を経験した棋士だけだ。そしてその長い歴史から、新人戦を取って、将来名人になった棋士も多い。
チャレンジカップや清流戦を取ったことを卑下しているわけではないが、若くしてB2まで上がった棋士までも参加してくるのだから、また別の心構えをしておかなければならない。静香の初戦は奨励会員だったこともあり、勝つことができた。
そして星雲戦のブロック戦。静香は1回戦から登場し既に4連勝している。だからおそらくはもう既にこのブロックの最多連勝者となる可能性が高い。それでも静香は負けるつもりはない。持ち時間は15分だが、秒読みに入ってからの追加時間もあるから実質25分。それでも相当短い部類の棋戦だ。
実際午前の相手の七段の先生も、早指しの静香のペースをかなり嫌がっていた。盤面は多少不利だったけれど、相手の失着を見逃さず静香は午後の6回戦へと進めた。5回勝ち抜いたからもう本戦出場は99%ぐらい決まっているけれど、当然午後も勝ちに行くつもりだ。
6回戦の相手はつい先日、棋奥戦のトーナメントを無敗で駆け抜けた月影六段だ。トーナメントなんだから無敗は当たり前と思うかもしれないが、敗者復活戦から勝ち残る棋士もいるから無敗という但し書きが付く。月影先生は今回がタイトル初挑戦だが、静香にとってタイトルに絡むほどの実力者と公式戦で対局するのは海老沢先生に次いでこれがまだ2度目だ。
月影先生には、以前関西将棋会館の棋士室でお話したことがあるので、撮影が始まる前に静香は挨拶に行った。
「月影先生、ご無沙汰しております。棋奥戦のタイトル挑戦おめでとうございます」
「おお、ホンマにありがとう。それにホンマに久しぶりやね。そうそうグラマフ賞ノミネートされたんやんな。めっちゃおめでとう。俺もな、千夜ちゃんの曲、自分のスマホに入れてよう聴いてるねん。千夜ちゃんやったら絶対取れるて思うねん。応援してる俺のためにも是非グラマフ取って欲しいわ」
「ありがとうございます。月影先生の棋奥戦も熱戦を楽しみにしています。グラマフも本日の対局も厳しいですけど、どちらも精一杯頑張りますね」
結果、意外なことに案外あっけなく千夜は月影先生に勝った。この先生、棋奥戦を無敗で勝ち上がったんだよね? 今度御厨先生と番勝負するんだよね? 大丈夫だろうか?
収録が終わってからの月影先生のお言葉。
「静香ちゃんホンマ強いなあ。いや知ってたけど対戦してみたら、思ってた以上やったわ。そうや、言い忘れてた、メリークリスマス。もうすぐ正月やからめでたいこと続きやな。そうそう、公式戦以外でもまた指したいな。東西跨るけど研究会とかせえへん?」
千夜は星雲戦のブロックで6勝したので、本戦出場が確定した。おそらく新記録だと思われる。もちろん7回戦も勝ちに行くつもりだ。
学校は冬休みに入り、今年はあと1週間しかない。それなのに静香は年内にまだ後2局予定されている。そうそう、グラマフは1月末にアメリカだけど、今度は夏に撮った映画の封切りで2月末にドイツに来ないか、とアンリ=ルフェーブル監督に誘われている。受験真っ最中ですよ。それなのになんとか行かせられないか、という難題が社長から明石さんに課されているらしい。
絶対無理でしょ。
天道静香棋戦成績 初年度第三四半期成績一覧
<四段/女王>
10月上 夕陽杯1次予選 決勝 〇
10月上 鋭王戦 予選 準決勝,決勝 〇〇 櫛木 蒼 四段 ※32連勝達成
10月上 王偉戦 予選2回戦 ● 海老沢 直樹 鋭王
10月中 女流王偉予選決勝 〇
10月中 順位戦 C2第5局 〇
10月下 滝山絹江杯決勝 司会・解説
10月下 棋神戦 予選 決勝 〇
10月下 女流王者番勝負第1局 〇 大沼 千風 女流王者
10月下 白銀戦D級 第1局 〇
11月上 順位戦 C2第6局 〇
11月上 白銀戦D級 第2局 〇
11月中 棋神戦2次予選 〇
11月中 星雲戦ブロック3,4回戦 〇〇
11月中 女流王者番勝負第2局 〇 大沼 千風 女流二冠(女流王者・女流玉将)
11月下 聖麗戦 予選1回戦 〇
11月下 王者戦 予選1回戦 〇
11月下 竜帝戦6組 1回戦 〇 岸 律子 女流三段
12月上 女流王偉決勝リーグ白第1局 〇
12月上 女流王者番勝負第3局 〇 大沼 千風 女流三冠(女流王者・女流玉将、所沢秋桜)<奪取>
<四段/女流二冠(女子オープン女王・女流王者>
12月上 順位戦 C2第7局 〇
12月上 夕陽杯2次予選準決勝・決勝 〇〇
12月上 白銀戦D級 第3局 〇
12月中 棋神戦2次予選決勝 〇
12月中 新人戦 1回戦 〇
12月中 聖麗戦 予選2回戦 〇
12月中 女流名人予選1回戦 〇
12月下 星雲戦ブロック5,6回戦 〇〇 月影 拓也 六段
12月下 王者戦 予選2回戦 〇
12月下 女流王偉決勝リーグ白第2局 〇 向田 雪 女流四段
<今年度成績累積(4~12月>
棋戦:48勝1敗無分 勝率0.98 ※32連勝は史上1位
女流:25勝無敗無分 勝率1.00 ※25連勝は史上1位(継続中)
合計:73勝1敗無分 勝率0.99 ※45連勝は女流棋士として1位
タイトル:女流王者(New)
女子オープン女王
一般棋戦優勝:チャレンジカップ
清流戦