74.独占インタビュー(する側)(1)
静香にとって、とても忙しかった10月が終わった。海老沢鋭王に止められるまでの熱狂が終わった後も対局は続き、10月の対局数は9となった。
対局以外でも将棋がらみのイベントとしては、千夜のスポンサーである滝山呉服店の店内で行われる、滝山絹江杯の決勝の司会と解説を務めた。月末の土日にはまた間合塾の模試を受け、その翌日には女流王者の番勝負の前夜祭の場に立った。
静香が挑むのは、つい先日、女流玉将のタイトルを取ったばかりで、勢いがある大沼女流二冠、場所は都内の高級ホテルだ。まだ32連勝の余韻が、そして女流では無敗記録が残っているので、前夜祭の質問は静香に集中したので、静香は女流王者に話を振るのに忙しかった。
なお対局は勝つことができた。静香が先手だし、まだ1局目だから当然油断はできないけれど。五番勝負なので、早ければ12月の上旬に、遅くても年内には終わる。
そしてようやく11月が来た。11月の対局も勝てばだけど9局。10月と変らないがこの期間の千夜の仕事がさらに増えた。間合塾をはじめとするCM撮影はもちろんだし、久しぶりにドラマにも出演した。スポットだけどね。
あと夏に北陸で撮った映画がようやく公開される目途が付いたという。でも封切りが2月末のドイツってどういうことなの?
そして久しぶりにインタビュアーの仕事がきた。依頼元は総合スポーツ雑誌「número」 将棋もスポーツとして扱ってくれる素晴らしい雑誌だ。特に独自の視点で撮影される写真には定評がある。
インタビューする相手は御厨竜帝・名人、書き起こしや編集は出版社がやってくれるので、生放送のような緊張はしなくてよいので、千夜は多少は気が楽。インタビューの場所として選ばれたのは、将棋会館の特別対局室で、指しながらインタビューするという趣向になっている。もちろん非公式戦。
---ご無沙汰しています。舞鶴千夜です。まだ11月ですが、まずは御厨先生からご覧になって、今年のご自身の対局はいかがでしたか?---
「えっと? この場では舞鶴さんってお呼びしたらいいの? 女王とかじゃなくて?」
---これは多少将棋に詳しいというマルチタレント、舞鶴千夜として頂いたお仕事なので、そちらでお願いします---
「多少かあ。そうすると僕も多少ってことになりますね」
そう言いながら御厨は駒を盤に用意し、ふたりで並べ始める。
---今年も2大タイトルも含め6冠を保持されています---
「そういう意味では、全然悪くはないのだけれど、鋭王戦は本戦トーナメントの準決勝で海老沢新鋭王に負け、王者戦では決勝で小田桐新王者に負けてしまいました、どちらも悔いが残りますね」
インタビュアーの舞鶴が先手で、ふたりは互いに挨拶し一局指し始める。
---そうですね。そしてお二方ともタイトルを奪取されました。これは世代交代が進んだと考えてよろしいでしょうか---
「はい。僕もそう思います。30代の、これまでタイトルに嫌われていた実力者が、やっと本来いるべき地位に就かれたのではないかと思います。特に海老沢鋭王は、舞鶴さんもよくご存じだと思いますけど、研究熱心ですからね、一度タイトルを取ると、なかなか手放されないんじゃないかな、と思います。舞鶴さん初手5六歩ですか」
---はい、いい機会かと思いまして---
「じゃあ僕も」
御厨が4手目に5四歩と指して、相中飛車になる。
---相中飛車はあまり指したことはないですね。ところで現時点(11月)で行われている棋戦はすべて勝ち残ってらっしゃいますよね。特に将棋チャンピオンシップは決勝に進まれています---
「僕も公式戦だったら相中飛車は指さないかな。うん。一般棋戦は結構勝ち残っているけど、それは舞鶴さんもでしょう?」
---私、舞鶴は女子オープンを勝ち上がった時点で将棋からは足を洗いました。そちらは相方にまかせてます---
「相方(御厨小さく笑う)。その相方さんに僕の大事な記録が塗りつぶされたんだけど」
---まあ、あれは出来すぎですね。多分二度とできないでしょうね---
「やはり今年将棋界の一番の出来事というとあの32連勝じゃないですかね? あそこで海老沢先生と当たったのは運が悪かったとしか言えないですね」
---なんかインタビュアーが逆になっちゃってる気がするのですが、まああれは四段に上がったばかりなのと、あとはまあ運ですね。御厨先生の時は実力だと思いますけど---
32手目に御厨が8五歩と上がる。
---あっ。先生、8筋に飛車を振り直す気満々じゃないですか。相中(飛車)じゃなかったんですか?---
「いや、ここまでも何度も我慢したんだけど、もう無理(また御厨が笑う)」
---いや許さないです。(舞鶴が7七に角を上げる) ところで来年はどうなると考えてらっしゃいますか?---
「まだ11月だよ」
この座談会は11月半ばに実施されている。
「まずは今年の振り返りの方が先でしょう。今年の女流は舞鶴さんから見てどうだった?」
---これは御厨先生のインタビューなんですが?---
「いや、でも相方さんが参加している舞鶴さんの方が詳しいでしょう?」
---そうですね。私の知る限りでは女流も世代交代が進んでいるという印象ですね。今泉先生が聖麗戦を取って四冠に、大沼先生が女流玉将戦を取って二冠になりました。大沼先生は所沢秋桜戦で今泉四冠に挑まれるので、ここが女流の頂上対決になると思います---
「そこに天道さんが割って入るんですよね? 舞鶴さんが8筋はダメだと言うのでこうします」
40手目に御厨が7二飛とする。
---やはり相中飛車は避けるんですね。口ばっかりの男の人は嫌いです。(御厨が笑う) 今は大沼女流二冠に女流王者戦で挑戦しています。幸い第一局で先手を取れたのでその有利を活かせました。この記事が雑誌に掲載される頃には番勝負が終わっているかもしれません---
「天道さんは勝率もスゴいことになっていますよね。この場合どうカウントされるのですか?」
---これは御厨先生のインタビューです。対談でもありません。私が答えるのはこれが最後ですからね。私の場合一般棋戦と女流棋戦を完全に別のものとしてカウントするようですね。で、御厨先生のお話に戻りましょう、まずは個人的な目標をお聞かせください---
「そうですね。まずは今持っているタイトルの防衛ですね。怖い人が来る前に出来ればタイトルを増やしたいんです」
---まさに今、竜帝戦番勝負の真っ最中ですよね。こうしてインタビューを受けて頂いておきながら申し上げるのも良くないですが、よくこんな時期に取材を受けられましたね---
「そうですね。確かに将棋の研究はしなければいけないのですが、気分転換も重要なので。かねがね天道さんはむしろ将棋が気分転換になっているんじゃないかと思っていたのですが、実際のところどうですか?」
---先ほど申し上げましたけど、今回のお仕事は御厨先生のお話をお伺いする場です---
ここで編集側より御厨先生、舞鶴(天道)先生の予定を確認し、時間の延長案が提示され、双方の同意を得ることができた。以下後半に続く。