07.将棋部
レッスンは延々と続く。今まで午前中はそれなりに楽をしていたが、そこにはギターとボーカルの、そして午後は今度は映画用の演技に備えた稽古が始まった。そしてその合間にCMやドラマのちょい役が入る。
中には聞いたことがあるような会社や静香でも原作を知っている作品がある。例えばプレーン化粧品。ここは女流のメジャータイトルである「女子オープン」のスポンサー企業だ。本来なら伝手を作りたいところだが、かろうじて全員で一緒に叫ぶセリフがある程度のCMだった。それでも嬉しい。ちょっと原作のマンガを知っているだけのドラマで、ワンシーンでるだけでも千夜は嬉しかった。
「映画? それもダブル主役の一角?」
「そうそう。これまでいろんなところで撒いてきた種が芽を出してきたのよ。本格的な売り出しはこれからよ」
そうかな?
これまで千夜に多くのお金が使われていることを、千夜自身は知っている。千夜自身のレッスン料などはその費用のほんの一角で、デビュー曲のヘビーローテーションのキャンペーンとか、その数十倍のお金が動いていてもおかしくない。今回客演させてもらったお芝居だって、鎌プロが一座に頼んだものなので千夜はノーギャラだ。
確かに、デビュー曲の課金者数もじわじわ増えてきているらしいけど、いまだ千夜の懐にはお金が入ってきていない。
なお8月後半の対局は3連勝。9月の最初の対局も勝った。3級は2連敗の後ではあるが、いいとこどりの6連勝で2級に再昇級。残りの2局は2級で1勝1敗。将棋から遠ざかってるのに成績が上がるのはなぜだろうか? やはり他のことをやらされているうちにメンタルが良くなったのかもしれない。
【歌手?】舞鶴千夜応援スレッドPart3【役者?】
4 今度こそスレッドが落ちませんように
6 PWMR以降、いっこうに曲がリリースされないのですが
7 大蔵の曲+あれだけのプロモーション>>>>>>>売り上げという悲しい現実
8 千秋楽の前日に芝居見に行ったけど、前に書かれてたほど下手とは思わなかった
9 それは既にお前が信者だからだろう
12 このスレもすぐに落ちるな
15 顔だけはいいんだからトーク番組とか出ればいいんじゃね?
16 顔だけなのにトーク番組なんて出したらフリーズするだろ
18 ピンは無理だろ 鎌プロのどこかのグループに放り込んだ方がいいと思う
19 いやあ、あの歌とダンスだとグループの担当マネからお断りだろ
20 鎌プロ幹部に謎に推されているから大丈夫
22 そういや社長令嬢説あったな 違ったけど
23 他の偉いさんか取引先の娘かも
24 そこまでいったらもうわけわからん
「部活ですか?」
静香の目の前にいる別クラスの1年男子が頷く。
「私は奨励会員なので大会には出られないです」
もちろんそれは知ってる。4級の人でも奨励会の人と打ってみたいと先輩達も言うので、やむなく静香のところにきたのだという。
静香は既に2級だ。それはともかく「4級の人『でも』」ってなんだ?
「生憎ちょっと忙しいのでお断りします」
だが相手は諦めてくれなかった。休み時間のたびに声を掛けられ、結局とある昼休みに将棋部にお邪魔する羽目になった。
「こんにちは、1年3組、天道です」
「ああ、忙しいところゴメンね。来てくれてありがとう」
想像していたのとは逆に、将棋部長も他の部員もフレンドリーだ。見事に男ばっかりだったが。
「いや、同じ高校の生徒、それも女の子が奨励会にいるって知ってさ、すげえな、って思って」
「ありがとうございます」
他の人も笑顔だし、雰囲気もいい。そう考えるとメッセンジャーの人選が悪かったような気がする。
「時間もないので早速指してもいいかな? 10人近くの多面指しになるけど大丈夫?」
早く指していただければ大丈夫だと思いますよ、ということで早速11面指しが始まった。ここまでの多面指しになると、今の静香には正直荷が重い。だが、11人の中で最強の部長でもアマ二段程度、弱い部員相手だと8枚落ちでも勝てそうだということが指し始めて早々にわかったので、昼休みの時間内にほぼ終わらせることができた。ほぼというのは相手がなかなか指さないので決着が着かなかった盤があるというだけで、それらはいずれも圧倒的に静香に有利な盤面で終了した。
「やっぱりすごいね。いつでも大歓迎だから、気が向いたら是非来てね」
みんなで急いで後片付けしながら部長に誘われた。そうですね機会があれば、と極めて消極的に静香は対応した。
教室に戻ってから我に返った静香は反省した。あれは大失敗だった。棋士たるもの、最も重要なのは将棋の普及なのだ。もちろん奨励会員も同じだ。いつかもうちょっと時間が取れる日を見つけて、将棋部にはまた顔を出そうと思った。
そしてアルバムのレコーディングが始まった。やはり一度経験していると強い。レコーディングは前回に比較すればだが順調に進んでいった。もちろんNGをもらうところもあったが、それも失敗したからではなくて、もうちょっと低音にビブラートを利かして、などという高度なディレクションが中心になった。
デビュー曲のPWMRもアルバム用に録音し直した。新しいアレンジで演奏されている楽器の数は減ったけれど、千夜の歌を含めても、随分いい感じになったと思う。PWMRは、”Play with me ,right?"というタイトルの略語だが、英語として正しいのかどうか、千夜は知らない。
では順調なのかというとそうではない。RWMRの新旧を合わせて9曲編成のアルバムだけど、そのうちの2曲は楽器のレコーディングが終わっていない。というかする予定がない。
「これはどういうことですか?」
「うん、チヨ、君がプレイするんだ」
もうすぐ日本にいる期間の方が長くなるというアメリカ人プロデューサーが、千夜に自分でギターを弾けというのだ。まだ弾けるコードだって少ないというのに。
2曲とも、大部分は基本的なコードで弾ける曲だけど、それでもCメロとかところどころ複雑なコード進行が混じっている。そんな時に映画の撮影が始まって、千夜は助かったと思った。
だが、レコーディングがちょっとした苦痛なら、映画はとても苦痛だった。