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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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66.将棋祭り(5)

静香は櫛木さんが箱から駒袋を出し、そして盤上に駒が散らばるのを見た。そして、並べている間に、いつもの諸注意、携帯電話はお切りください。写真や動画の撮影はお断りします、などのアナウンスが流れる。並べ終わって、記録係が櫛木さんの歩を取って振駒をする。と金は2枚なので、静香は後手だ。残念。


だが、今日は勝つために必要な要素を十分に重ねている。前回の三段リーグで勝ったのも静香。観客の反応はライブの効果があるかどうかまでは不明だが静香寄り。持ち時間は20分で切れたら30秒というかなりの短期戦。そして席上対決に馴染んでいるのも静香だろう。


だからこれ以上は望み過ぎだ。


「時間になりましたので始めてください」


記録係の声かけとほぼ同時に櫛木が角道を開ける。静香も角道を開けると、3手目は7五歩と角道を開けた歩をさらに突いて来た。これには静香も面食らった。居飛車党の櫛木さんが石田流か。これは予想してなかったな。


静香は飛車先の歩を突いた。そうだ、いい機会だから前に検討した手を指してみよう。6手目で角交換を仕掛けると8手目に4五角打と筋違いの角を打った。これは「こなたシステム」と言われる石田流対策だ。櫛木が知らなければいいのだけれど、と思ったが、即座に7六角打と返されるので当然ながら知っていたようだ。だがここまでは当たり前。


静香は18手目に2二飛と振ってこなたシステム発動。櫛木は美濃囲いだが、高美濃へ移行するつもりのようだ。だが櫛木が攻防の準備をしている間に28手目に2六歩と突き切る。同歩の後2七歩打と敵陣に歩を投入しておく。これでもまだ互角かやや不利。まあどちらかというと奇策だからきっちり対応されると辛いよね。だが静香の目論見通り、櫛木の持ち時間はこの段階でもそこそこ減ってきている。


その後しばらくは思わせぶりな手はあるものの、どちらも自陣重視で動く。静香は意地のようにノータイムを続ける、櫛木も早めに指そうとしているが、それでも静香のようにすることはできず、少しづつ時間を使う。


その結果、77手でもまだ駒が本格的にぶつからないという長丁場になり、その状況で櫛木が時間を使い切った。盤面はちょっとした小競り合いがあっただけなので、お互いに持ち駒は歩が1枚ずつしかない。静香はまだ11分残っている。おそらく形勢はまだ櫛木の方が良いだろうが、ここから駒をぶつけていく。78手目3五歩で駒をぶつける。それに対応して櫛木が銀を上げて対応する。静香は2五歩打と虎の子の1枚しかない持ち駒を飛車先に打つ。


88手目2五桂と攻めるが、この一連の攻防で櫛木の駒台に歩が4枚、静香は1枚と差が付く。結構先手有利に天秤が傾いているはずだ。さすが櫛木さん。30秒将棋なのに全然間違えないな。どちらかと言えば静香が攻めているが、まだまだお互い守り重視で形勢は少し静香に不利。そうまだ少し不利なだけだ。


だが99手目、櫛木が30秒ぎりぎりで銀を3六に動かした。うん、ようやく櫛木が間違えた。静香はここぞとばかりに1八歩成と突いて2八にいる櫛木玉に初王手をかけた。当然同香と取られるが、さらに1七歩打。また持ち駒が無くなるが問題ない。この後同香、同桂成となると思いきや、櫛木は5四歩と飛車筋の歩を突いて来た。オッケー、攻め合いってことね。


もちろん静香も攻める。104手目1八歩成で再度王手、これは同玉で潰される。106手目5五香打で相手の飛車筋に打ち返したが、櫛木はそれでも5三歩成で攻めて来る。しばらく櫛木がイニシアティブを持つがそれも111手目5六歩打で攻撃が一段落し手番が静香に回る。


自分のターンになれば即攻撃。1四香でまた王手、櫛木は間違えずに中合(王の周りではなく、少し離れた所に合駒すること。このケースでは王の前で合駒すると同香成で厳しくなる)するがそのまま同香でさらに王手、逃げられるが1七桂成でさらに王手。櫛木の玉は3七に逃げる。ここから連続王手をかけるのは難しい。ここで静香は残った時間のすべてを考えるのに費やした、王手にはならないが3六角で突っ込む。118手目になってようやく筋違い角が初めてまともに攻めに使えた。


しかし持ち時間20分を、チェスクロックで118手目まで持たせたのはさすがの静香も初めてだ。1手30秒だと20分で40手、相手と合わせても80手。だから1手平均20秒ちょっとでここまで来たってことだ。だから秒読みに入ってむしろ指すのが遅くなりそうになってしまうが、ここでギアを落とすわけにはいかない。静香が考えている時間は、櫛木さんもまた考えているからだ。


角はすぐ取られるが、相手の飛車をどかして、さらにたまった歩で相手の金駒かなごまを相手玉から引き離して、128手目3六銀打でまた王手をかける。しかしその後の王手は続かない。逆に137手で5四香打で王手をかけられる。だが、形勢は既に静香のものになっていた。


静香が次に相手玉に迫ったのは154手目の2六角打だった。盤面は勝勢になったがなかなか捕まえることはできない。164手目に6四角打で王手をかけて、櫛木の玉の入玉を阻む。やっと櫛木の王様に手が伸びたのは178手目の5六銀。


ここで櫛木の手が止まった。その間に静香も必死で読む。これで届いたことを確認すると同時に櫛木が頭を下げた。持ち時間20分の棋戦が178手まで続いた。これは恐ろしいことだと自分でも思う。


おそらく他の棋士もそう思っているだろう。


だがこうして天道静香は、チャレンジカップという一般棋戦で初優勝という結果を得た。若手棋士だけの棋戦とは言え、女性で初めて棋戦を制したと同時に、四段昇段後の連勝記録を20に伸ばし、歴代7位タイとなった。


一方の櫛木には四段になって初めて土がつき連勝もストップした。だが静香はやはり櫛木さんに勝てるのはこれが最後かもしれないなと思った。

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― 新着の感想 ―
[一言] このボードゲームでヒリヒリしてる感じ、やっぱ良いなぁ。 カードゲームにあるような一発逆転のカタルシスとは違う、何か熱のようなモノを感じる。
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