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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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65.将棋祭り(4)

チャレンジカップは棋士と女流棋士の双方の若手等選抜棋戦だ。女流では静香と同い年の烏川からすがわ女流初段が優勝した。烏川女流初段は棋戦初優勝だ。


準決勝に続いて、決勝の解説を務めるのは真田九段。かつては名人はじめタイトル8期。A級在籍のべ6期、今は連盟の常任理事として梅原会長を支える立場である将棋界の大物だ。そして読み手は連雀れんじゃく女流初段。出身がこの高崎なので、この棋戦とは縁が深い。


このふたりが両対局者にインタビューと感想戦をする。それが一旦解散されて、その後棋士の決勝戦が始まるまでの短い休み時間に入る。


午前の準決勝を含め、真田九段は3局の解説を務める。これが結構体に来る。もうそういう年齢だ。体を休めようやく落ち着いたと思った頃に、棋士の決勝が始まるということで呼び出された。この対局の解説は難しくなりそうだ。


司会から改めて、真田九段と連雀女流初段のふたりが紹介され、それぞれ自己紹介を促される。自己紹介といっても、まずはなにより大切な来客者への礼と、スポンサー企業に対する感謝を伝える。それからこれから行われる対局についての注目点を観客に伝えるので、自分のことは殆ど口にしない。


「この若手の登竜門のひとつであるチャレンジカップですが、やはり今最も注目されている若手ふたりが勝ち残ってきました。櫛木四段と天道四段です」


真田九段のふりに対し、連雀女流初段も即座に返す。


「そうですね。特に天道四段はプロになってすぐに女王のタイトルを取ってますから、女流では特に注目されています」


「このふたりなんですが、共通点も多いんですよね。なにかわかりますか?」


真田九段と連雀女流初段が大盤解説をするのは本日3局目、随分息が合っている。


「まずおふたりともこの4月に昇段された同期ですよね。そしてお二方ともまだ公式戦で全勝、無敗ですよね」


ここで会場が大きくどよめく。


「そうなんです。天道四段はプロになってからここまでの公式戦、19連勝で無敗。これは既に歴代の連勝記録でも9位の記録なんですね。プロデビューからに限定するともっと上だと思います。さらに女流棋戦も合わせるとプロ入り以降27勝無敗。こちらの記録は現時点では天道四段にしか成し得ないものなので参考にしかなりませんが、それを頭に入れても恐ろしい記録です。一方の櫛木四段も18勝無敗と、棋戦の出場回数の違いで数字はひとつ小さいですが、中学2年生という年齢を考えても末恐ろしいの一言ですね」


真田九段の言葉に、また観客がざわめく。


「連勝記録と言いますと、現在王者・鋭王を除く6つのタイトルを併せ持つ、六冠の御厨みくりや竜帝・名人が持つプロ入りから30連勝のあの熱狂ぶりが思い出されますが、それを破る可能性を十分に持っている若手棋士ふたりがここでぶつかる。そしてどちらかに必ず黒星が付いてしまうという、とてももったいなくて、残酷で、それでいて極めて希少な貴重な対局ということですね」


連雀女流初段のコメントの最中にもざわめきがおさまらない。


「他にも天道四段は女性で初めて棋士になった方ですし、将棋以外でも広く活動されているスターです。一方の櫛木四段も中学1年生で四段昇段を確定させ、御厨先生の最年少四段昇段記録を塗り替えたという、話題性に事欠かないお二人です」


真田九段の言葉は止まらない。


「三段リーグも天道四段は1期抜け、櫛木四段は2期抜けですが、どちらも16勝2敗で昇段しています。三段リーグで16勝というのは三段リーグが始まってからの最多勝に並ぶ記録です。次点とは言え11勝で昇段した棋士もいますのでこの両者のレベルの高さが際立っています。昇段者のふたりともが16勝というのはこれまでなかったことですから、他の三段がとても気の毒としか言えない前回のリーグ戦でした。なおこの三段リーグでも両者は対決しており、持将棋の後に指し直すという大熱戦を、当時の天道三段が制しました」


真田九段は息を吐いてさらに言葉を続ける。


「前置きが大変長くなりましたが、今会場にいらっしゃる観客の皆さま、そして中継でご覧の皆さまにも、これから始まる一局がいかに歴史的なものなのかを知って頂きたいと思います。すいません。とても時間をオーバーしてしまいましたね」


ここで司会者に話が戻される。


「真田先生、連雀先生、大変熱の入ったコメントをありがとうございました。私たちもこの歴史的な対局を生で見られるということを大変貴重に思います。それでは対戦者のおふたかたに御入場して頂きましょう」




「櫛木さん、大丈夫?」


舞台裏まで聞こえて来る真田九段の長広舌を聞いて酔ってしまったのか、先ほどまで普通だった櫛木さんが青い顔をしている。


「大丈夫です。すいません。こんなですけど、もう天道さんに負けるわけにはいかないですから」


そう言って櫛木は自分の顔を軽く叩いた。


「言うじゃない。じゃあ行きましょうか」


静香は櫛木の背中を軽く押して、自分も舞台へと上がった。先ほど真田九段に随分と不相応な紹介を受けた高揚は静香の中にも残っている。


そして櫛木さんには負けるわけにはいかないと言われた。今は少し動揺しているようだけど、対局が始まるまでには立て直してくるだろう。だが、負けるわけにはいかないのは静香も一緒だ。櫛木さんに勝てる機会はもうほとんどないはずだ。ここで勝たなければもう勝てないかもしれない相手だ。


静香は舞台で深々とお辞儀をし、観客の拍手を浴びた。

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