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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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64.将棋祭り(3)

というわけで、千夜は高崎にきた。ボーカル兼ギタリストの千夜と、鎌プロ所属のミュージシャン、ベース、キーボード、ドラムのメンバー。初日の横浜からメンバーは不変なので不安はまったくない。


若干の不安はあったが、高崎でもファンクラブだけでライブのチケットが完売したので全然問題はない。


ダンス、演奏、歌、そしてトーク。映画の練習用の弾き語りも含め、先月発売されたアルバムの曲を中心にプログラムを通し、最後の曲に入る前にトークを入れる。ファンクラブ会員ばかりなので、千夜がアンコールをしないことは知っているはずなので、ここが最後のトークになる。


「みなさんありがとうございます。今日はここ、高崎でライブができて良かったです」


一通り声援をうけてから話を続ける。


「明日もですね、この高崎で、天道静香の方の名前でお仕事があります。午前中に将棋の若手棋戦であるチャレンジカップの準決勝が、それに勝てば午後に決勝戦があります。午前中に負けちゃった場合、午後は指導対局します。将棋に興味のある方、これからやってみようかな、という方は是非お越し頂ければありがたいです。よろしく願いします」


千夜はペットボトルを開けて水を飲んだ。これから最後の曲だからトイレは問題ない。


「それでは最後の曲になります。間合塾のCMでも使われている曲です。今日のお客様にも間合塾に通ってらっしゃる方がいますか? おお! 思ったよりいらっしゃいますね。みなさん私みたいな受験生じゃないですよね? えっ? 昔通っていた? そうすると私の先輩ですね。先輩、よろしくお願いします。それでは『飛躍の夏』です。どうぞ」



翌日は結構早めに会場入りした。控室で制服に着替えるが、この奇妙な感覚に静香はまだ慣れない。とはいえ、高校生なのはもうあと半年余りなので、慣れたころにはもう制服を着ることは無くなっているはずだ。


「今年は天道さんがいらっしゃるので、お客さんの数が凄いですよ。店長から、動員するバイトのスタッフの数を聞いて、僕が『多すぎるんじゃないの』と言っちゃったんですけど、むしろ足りないぐらいですね」


この棋戦のスポンサーである社長も気さくな方で、初対面の静香相手でも自然に話してくれる。プレーン化粧品の長良川社長はじめ、スポンサー様とお話する機会はそれなりにあるが、やはり多くの社員の上に立つ人は違うな、と思わされることが多い。


「いえ、こうやって棋戦の場を設けて頂けるのは大変ありがたいことです。今日も全力で行きますので、よろしくお願いします」


準決勝は関西所属の五段でこれまで対戦経験はない。女流と合わせると4戦ある準決勝のうち、彼と静香の一局が、席上対局に選ばれた。真田さなだ九段による大盤解説があるので名誉なことだ。

なお席上対局に選ばれなかった場合、本当に対局席のすぐ傍まで観客用の椅子がある。それもまた良い経験になったかもしれない。


彼に勝つことができれば、決勝の相手は野々原(ののはら)さんと櫛木くしきさんの同門対決の勝者と対戦することになる。昨日は昼しかライブをしていないし、他のバンドメンバーやスタッフは撤収作業の後、夕方から打ち上げに行ったけど、静香は早めに眠りについたので疲れはもうない。


時間通りに会場に現れると、昨日のライブに負けないぐらい多くのお客さんが拍手をしてくれる。この前の東鉄将棋祭りでも、他の先生がお客さんに若い人が多いと言っていたが、ここでもそんな気がする。もし静香がそれに貢献できているのであれば、それはとても嬉しいことだ。


準決勝、舞台に呼ばれて静香も対局者と一緒に登壇する。お客さんがいっぱいなのはありがたい話だけれど、本当にこの前に東鉄将棋祭りに出演しておいて良かったと思う。東鉄将棋祭りでは、まがりなりにも席上対局しているすぐ横で、滝山絹江杯の大盤解説とプレミアム対局の聞き手を務めた。その経験は明らかに大きい。


席上対局は対局者のすぐそばで、解説者と聞き手がリアルタイムで解説する。どうしてもそれの影響を受けるだろう。幸い持ち時間は20分でそれを使い果たしたら一手30秒以内という短期戦。集中力をバリバリ上げて、なるべく解説を聞かない方がいいだろう。解説が耳に入れば、それはヒントになることもあるだろうけれど、雑音になることも多いと静香は思う。


そして紹介されて、相手の棋士と共に舞台に出て紹介を受けると明らかに拍手の質も量も違ったので、予想通り千夜のファンが流れ込んでいるのだと思う。だが相手だって逆境を何度も跳ねのけて来た棋士のはずだ。


だが、振駒で先手を取れた静香が87手で快勝。明らかに静香贔屓の観客が大きく拍手をしたので、少し気の毒だった。


そして午後は、兄弟子を倒した櫛木四段が相手になった。三段リーグで全勝対決をした時以来の対戦になる。さて、あれから1年弱の時間が過ぎているが、彼がどれくらい強くなったのか、静香が同じ棋士と再戦することは練習でも少ない。


そして今回は静香にかなり有利な状況だ。会場は静香というか千夜のファンが一定数いそうだし、指し手ではないが、大盤解説に読み手で席上対局を経験しているうえに、指し手としてもつい先ほど準決勝で体験した。元々大勢の前に出ることは苦手ではないが、女子オープンでも公開対局を経験しているのでギャラリーの前で対局することにも抵抗はない。


そして何と言っても持ち時間が20分と相当短い。それを使い果たした後は一手に30秒しか与えられない。


正直長時間の対局では、中2と高3という年齢を考えても、既に櫛木さんの方が体力も棋力も静香より上だろう。そしてその差はどんどん広がっていくはずだ。そして櫛木さんはいずれ御厨さんとも対局するようになるだろう。


だが、今日は勝つ。これほどまで有利な条件で櫛木さんと対戦できることはもう二度とないだろう。静香は自分に言い聞かせるように集中を高めていった。

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