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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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61.東奔西走

8月上旬はとっても忙しい。学校が夏休みでなければ死んでいたかもしれない。


まず初日に女流王者本戦の2回戦があった。1回戦の今泉女流三冠に比べるとかなり余裕をもって勝てたと思う。相手は1回戦に続けて関西所属の棋士。1回戦は格下の静香が女流三冠の元に馳せ参じたが、今回は女王である静香の元に相手が来てくれる。2回戦は1回戦程苦労せずに勝てた。


だが早くも今月中に3回戦、つまり準決勝があって、相手はこれまでにいろいろとお世話になっている女流名人の岩城会長だ。これまでのタイトル獲得数は今泉女流三冠にトリプルスコアで多い。プロになってからの対局相手の中で、最も経験と実績を兼ね備えた相手だから、決して楽には勝てないだろう。


そして2日目、3日目が間合塾の模試だ。当然ながら受験料はスポンサー様持ちだ。なお静香が通う聖瑞庵高校せいずいあんこうこうでは、夏休み中にあるこの第一回は任意だが、秋にある第二回は土日なのに、高3の全員が学校で受けることになるそうだ。そんなことも知らないタレントで申し訳ない。


千夜は間合塾までは静香スタイルで行って、控室で「ルイッチ」の衣装に着替え、メイクとヘアドレッサーの素晴らしい技術の恩恵を受ける。そのままファッション雑誌の表紙を飾れるクオリティという点を除けば、ちゃんと女子高生らしいファッション。


そして廊下に出るドアを開けたところから撮影が始まる。模試が開始される直前なのに廊下が凄く浮ついた雰囲気で、所々で小さな悲鳴が上がったりする。そして近くにある指定された教室に入ると、そこでも、「おおーっ」という声と「キャーッ」という叫びがミックスされる。これはそのまま座席に行くことはできない。


千夜は教室の正面で止まると深々と頭を下げた。それだけで拍手が沸き起こる。そして教室を一望すると、あまり大きくない教室とは言え、既に1席を除いてすべてが埋まっていた。


「舞鶴千夜です。今日は撮影もあり、皆さまにもご迷惑をおかけすると思いますが、一緒に頑張りましょう」


そういうとまた拍手が起きた。千夜は空いていた席、すなわち自分に割り当てられた受験番号の席に座り、少し離れた所に座っている隣の女の子によろしく、と挨拶した。


「うあわ」


それだけで周囲からどよめきが起きる。これはヤバい。私、なんか模試を受ける気持ちになれていない。


事前に聞いた話では、間合塾の塾生の中でも、高3、及び浪人生の中でも、かなり上位の学生で、かつ保護者含めて撮影OKのメンバーだけがこの教室にいると聞いた。彼らには既に一度受験番号が払い出されていたが、今回の撮影のために、あらたな受験番号が払い出されて、この部屋があてがわれたと聞いている。


だが、千夜に少し遅れて試験官が入って来ると、すぐに教室は静かになった。その間に静香は平静さを取り戻すことができた。そしてこれが二日続く。一日目の違いは教科と衣装ぐらい。


「そこそこ頑張れたと思います」


千夜は、周りが退席していく教室でインタビューに答えた。カメラに写っていないゾーンに塾生がいっぱいいるがそれは言ってはいけない。


次のオフはライブの練習をして夜はラジオに出演して、先日出た新譜の宣伝をする。次の日はライブの練習に明け暮れて、その次の日は順位戦。その日静香は初めて別室で横になるのはとても心地良かった。まあ持ち時間の4分の1ぐらいを使ってしまったわけだが後悔していない。勝ったし。


でも女子高生、しかもタレントが、上着を掛布団替わりにしたとは言え、控室で昼寝をするのはあまり良くない気もする。でもまあネタにするにはいいか。寝ている間さりげなく控室に常駐してくれた女性職員の方には後で礼を言った。ただ、相手はやはり長考の多い方だったので時間がかかった、静香は時間が十分余っているが、それでも対局は夜の10時までかかった。ちゃんと途中で寝ておいて良かったと思うので、職員の方には申し訳ないですが、順位戦の時はまたお願いすることになると思いますと伝えておいた。


これで明日はさすがにオフになった。夕方から翌日の王偉戦予選1回戦のために関西に移動。東奔西走とはまさにこのことではないか。この対局も、持ち時間は4時間。その日のうちに東京に帰れて良かった。だって次の日は東鉄将棋祭りの2日目があって、その中で静香は総合司会と、滝山絹江杯の解説もろもろを担当する。


滝山絹江杯は滝山呉服店が主催する新人女流の非公式戦だ。4月時点では千夜の参戦も検討されていたが、さすがに酷いことになるだろうと誰かが気が付いてくれたらしい。おかげで、千夜は棋戦はもちろん、サイン会もなし。ただし2日目の総合司会と滝山絹江杯のうち2局の大盤解説、そして指導対局と、プレミアム対局の聞き手を任されることになった。他の仕事をしている最中は他の女流棋士が総合司会を代行してくれるという本末転倒ぶりだ。


静香は今まで聞き手も解説も、そして記録係すらも務めたことがない。今回が何気に初解説になる。そして滝山絹江杯の1回戦と言えば浴衣だ。滝山呉服店が静香のために浴衣を用意してくれるので、それを来て将棋祭りの会場内をいったりきたりすることになる。


将棋祭り自体、奨励会の時も含めて参加したことが無い。いろいろと楽しみな一日になると思った。

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