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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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53.将棋大賞(1)

4月中旬、2限目の授業が終わると静香は教室を出た。聖瑞庵高校せいずいあんこうこうでは2年生からクラスが文理に分けられ、さらに成績順に並べられる。そのうち理系は1組から3組まで。2年生の時に3組だった静香には、3年1組の中に2年生の時のクラスメイトがただのひとりもいない。


だが気さくな感じで振舞って、なんとか気の合いそうな地味目の女子集団に紛れこむことに成功した。もちろん他の女子グループにも明るく対応。男子は基本的に挨拶のみの塩対応だが、それでも人気商売なので、1年の時に比べると格段に歩み寄っていると、静香自身はそう思っている。


「あれで?」とこのクラスでできた友人に聞かれたので「あれで」と返した。静香はそのまま続ける。


「じゃあちょっと行ってくるわ」


「いってら」


御厨陽翔みくりやはるとのサインもらって来て」


静香はそれらの声を無視し、教科書などの荷物はそのままで手提てさげかばんだけを持って教室を出ると、そのまま校舎を、そして正門を制服のまま出て行く。当たり前だけど事前に担任には話してある。


開始は11時からだけど、早めに着いた方が良いので少し急ぎ足で将棋会館に向かう。本日は将棋会館で将棋大賞表彰式があって、その添え物的に昇段者免状授与式がある。


「あっ、天道さん。やっと来ましたね。荷物それだけですか?」


そこには当たり前だけど、同期の櫛木くしき四段がいた。


「うん。学校を抜けて来たからね。授与式が終わったら学校に戻るし」


「えっ、学校に戻るの?」


櫛木四段の隣にいた、知らない若い男に話しかけられた。


「初めまして、天道静香です。えっと……?」


「初めまして、野々原朝(ののはらはじめ)です。櫛木の兄弟子になります」


「ちなみに五段の昇段者です」


櫛木が補足を入れる。


「ああ、お顔を存じ上げなくて申し訳ありません。昨年度の清流戦の優勝者の方なのに。そして順位戦全勝おめでとうございます」


「ああ、ちゃんと僕のことを知ってくれているんですね。天道さんこそ昇段おめでとうございます。あと女子オープンの1局目もおめでとうございます。櫛木たちとネットで観戦していました」


さすがの静香も今日の出席者の名前と簡単なプロフィールぐらいは覚えてきた。野々原五段は静香たちの3期前、1年半前に高校1年生の秋に四段、そして先月終わった昨年度の順位戦でC1昇格を決めて五段に昇段している。つまり静香と同学年だが、静香より早く奨励会に入会し三段まで順調に上がって行ったので、奨励会で対戦したことはない。


そして制服ではなくて、スーツ姿であるところを見ると私服の高校、もしくは高校を中退したかと思われる。


静香は最終的に昨期も10勝し、勝ち越しで残留を決めた田部たべ三段を思い出した。静香はあまり棋士と面識が無い。特に若手棋士は名前も顔も覚えていない人が多い。曲者くせものが多い将棋界、その中でこの野々原五段は目つきを見てもまともそうな気がする。クラスメイトでもそうだが、結構初対面でもジロジロといろんなところを見て来る男は多い。口には出さないけれど、こっちはすぐに気が付くんだからな。


見られるのも仕事とある程度は割り切れるようになったが、それでもまともな男の方が良い。そう考えると今日はいい機会かもしれない。この野々原五段からもいろいろとお話を聞きたいところだ。


今年は順位戦で当たることはないし、五段だから清流戦にも出てこない。まあチャレンジカップとか他の棋戦では抽選次第では当たるけど。


「それはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。それではお世話になった先生方にご挨拶をしてきますが、また戻ってきますね。それとも一緒に行きますか?」


「会長には挨拶したけど、他の人にはできてないので、ご一緒させてもらっていいですか? ほら櫛木も」


開始時間まで余り時間がないので、さっさと挨拶して回る必要がある。静香が真っ先に挨拶に行ったのは梅原会長だ。


「こうしてみると普通の女子高生みてーだな」


「普通の女子高生そのものですが?」


今日の静香は学校を抜け出し来たので当たり前だけど制服を着ている。髪は三つ編みだが、ぼさぼさではなくてちゃんと手入れをしている。化粧は最低限に抑え、『ルイッチ』から頂いた黒縁眼鏡をしている。静香の顔の形にぴったりのオーダーメイドで、地味だけどそれでいてフォーマルで、できる女っぽく見えるという、静香のわがままリクエストに応えて作って頂いた、逸品の伊達メガネだ。


「お前さんが普通なら、日本の高校生は全員普通だな」


静香は頭を下げて、他のお偉方への挨拶を続ける。そしてもちろん御厨みくりや竜帝・名人。今回、つまり昨年度は最優秀棋士賞と、最多勝利賞を受賞している。


「御厨先生。先日は大変お世話になりました」


プロ棋士の間でも、面識のない先達には敬称を付けて呼ぶ。この場合『御厨竜帝・名人』と呼びかけるべきだ。だが静香は先日共演した『将棋タイム』の収録後に、『今後は御厨さん、でいいですよ』とご本人から言われている。さすがに『御厨さん』は不遜な気がするので、『先生』と呼ぶことにした。


「あっ、天道さん。結構ギリギリに来ましたね」


「学校から、時間を見計らって歩いて来ましたので」


「ああ、そう言えばすぐ近くの高校だったよね」


御厨先生は非公式の場でも話しぶりが固いと聞いている。それなのに静香に対してはかなりフランクに話してくれるのが嬉しい。棋士ではなくタレントとみられている可能性はあるがそれでも静香は構わない。なおこの間も周囲からパシャパシャ撮られている。


「ところで、既にご存じかもしれませんが私の同期とその先輩をご紹介しますね。同期の方は御厨先生の記録を早くも更新してますから、今後は手強くなると思いますよ」


これで櫛木四段と野々原五段に貸しひとつだ。残念ながら紹介しただけでタイムアップになったので、他の先生方には終わった後にご挨拶に行こう。

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