45.熱血颱風(3)
画面は一転し、校庭から校舎が映され、さらに教室へと移動する。
『学校での天道さんはどんな感じですか』
「かなりの変人でちょっと面白い人かな」
「いつもぼーっとしてるよね」
「いつ勉強しているのかわからない人ですね」
「芸能界にいるくせに私よりも詳しくない人」
それを目の前で聞いていた当の静香が苦笑しながらコメントする。
「あんたたちよく友達の目の前でそんなことを言えるわね。だって芸能界の噂なんか、この業界にいてもわからないですよね?」
『いや、私に聞かれても』
シーンは廊下に移り、2年生2学期期末考査優秀者(理系)の1位のところに天道静香の名前が映っているのが映し出される。その張り紙の下でインタビューは続く。
『成績いいんですね』
「いや1位は初めてです。この番組のために狙ってみました」
『狙ってとれるものですか? 勉強はいつやっているんですか?』
「普通に授業を集中して受けています。先生方が熱心なので助かっています。出席できない日は、こちらから頼まなくても友達がノートを送ってくれるようになりました」
『将棋の勉強はどうですか?』
「時間の合間を見つけてソフトで検討することが多いですね。後は将棋MAX(対戦アプリ)でたまに対人してます。アカウントは秘密です」
天道は将棋会館近くの聖瑞庵高校に電車で通っている。
『今でも電車通学とのことですが、車内で騒がれたりしませんか』
「そうですね。三段リーグが始まる前に記者会見をした直後は、少し危ない雰囲気があったので事務所に車を出してもらいました。でも今はもうそんなことはないですよ。棋士の皆さんもほぼ電車で千駄ヶ谷にいらっしゃってますよね。違うのは私は通学定期で平日も土日も通えるってことだけです」
12月、それまで7連勝していた天道に初めて黒星が付いた。静香は友人が去った教室でスタッフからインタビューを受ける。
「これまでノーマークでぬくぬくさせてもらっていたので、勝ち続けることができました。そこで7勝できたのはもうラッキーと言うしかないですね」
『将棋はノーマークだと勝てるんですか』
「勝ちやすい、ですね。特に私の場合は」
『それはなぜですか?』
「私が極端な早指しだからです。三段まで来た会員はみんな負けず嫌いですから、二段から上がったばかりの女の子が早指しだと、結構相手もそれに応じてくれるんです。そうすると早指しに慣れている私が多少は有利になります」
『そうすると、天道さんにつられずに、じっくり考えてくる相手には逆に不利になりますね』
「そうです。実際私も長考する時はあります。でも少なくとも三段リーグの間は、基本的に今のスタイルを変えるつもりはありません」
『今、三段リーグのトップにいるのにですか?』
「暫定1位タイですね。だから欲が出てきました。もし勝ち負けが半々ぐらいなら、より三段リーグに合うような戦法を模索することに切り替えていたと思います」
1月になり天道は2敗となるが、それ以上は崩れずに昇格圏内の成績をキープする。そして2月末。
『ついに例会は最終日を残すだけになりました。3敗がいませんので、残り2局のうちどちらかを勝てば昇段が決まります』
「ここまで来ちゃいましたね。この番組、こんな展開になっちゃっていいんですかね?」
『正直、女性初の四段昇格に向けた番組になるとは思ってませんでした』
「思ってませんでしたよね。これで勝ち切ることができれば大団円なんですけどね」
『この取材を続けて来て思ったのですが、天道さんは本当にいろんなことをしてますよね。将棋は女流でも女王への挑戦を決めています。レコーディング、ライブ、映画、ドラマ、モデル、CMの撮影、そして学業、どうしてこれだけ多くのことをして、ここまで結果が出せているのでしょうか?』
「自分でもわかりません。でも結果から考えると、1つのことに集中するのではなく、多くのことをしているからではないかな、と思います」
『なにかに集中しない方が良い結果が出るというのは不思議なことだと思います』
「簡単に言うと、どこかがピンチになっても、他のところで好循環を作り出すことができるということですね」
『なるほど、確かにそうやって結果を出し続けて来たのが天道三段ですね』
「いやまだ結果は出てないですよ。ここまで来た以上、キッチリ四段にならないと」
『実際今、天道さんは四段が手が届くところまで来ています。その天道さんから見て、どうしてこれまで女性は四段になれなかったのだと思いますか』
「まあ一番はやはり競技人口の数でしょうね。だから、私が四段になれてもなれなくても、女性に限らず普及活動は、積極的に行いたいなと思います。でもそうして女性の競技人口が増えても、男性に比べるとまだまだ不利だと思います」
『それはどういう点ですが』
「まあ世間では脳の構造の違い、とかいろいろな考えがありますけど、私個人の考えでは……やはり男女の決定的な違いは体力だと思います。体力が強いと将棋は圧倒的に有利だと私は考えています。あと女性は定期的に体調を崩したりもしますし、後は姿勢もそうですね」
『姿勢ですか?』
「私は奨励会をパンツ……ズボン姿で指すことが多いですけど、それでも大股広げて、胡坐をかくわけにはいかないですよね。基本的に正座です。これだけ長く将棋を続けている私でも、正座を数時間続けるのはやはり辛いので、ちょくちょく席を外します」
そう言って静香はカメラの方をちょっと振り返る。
「以前確か、三段リーグでは早指しを続けるという話を、しましたよね。それは私が勝つための今のところの最適解なんです。考える時間をできるだけ短くすること。相手の手番の時はできれば何も考えないこと。ちょくちょく席を外して体を動かすこと。そうやって体力を温存することです。私は女性としては体も大きいですし、ライブとか演技のために、普段から体を鍛えている方だと思いますが、その程度では性差による体力差は追いつけないぐらい大きいと思います」
シーンが変わって千駄ヶ谷の駅から将棋会館への道を歩きながら少女が語る。
「正直に言うと奨励会の1.5時間が一日2局、これでも女性には長いと思います。もし私が四段に上がれて、その後どれだけ強くなったとしても、B級には上がれないと思います。順位戦って長ければ日を跨ぎますよね。将棋せずに正座しているだけで死んじゃいますよ」
そう言って静香は笑う。
「まあまだ三段の身でこんなことを言うのは恐れ多いのですが、星雲戦とか、公共放送杯とか、短時間の棋戦であれば、少しは良いところを、もしかしたらお見せできるのではないかな、というのはありますね。椅子を使う対局もありますし」
話している間に将棋会館のそばまで来た。
『これで最後になりますが。後2局、勝利を祈っています』
「ありがとうございます。この前、あんなこと言ってますしね。勝ってきます」
静香の姿が連盟のビルに消えた後、プレーン女子オープン決勝の後の動画が流される。
『来週の三段リーグは本名の天道静香で参加していますが、必ずや昇段することをここに誓います。そして四段として春に女王に挑みます』
そしてエンディングテーマが流れ始める。
天道静香、その時16歳と11カ月、宣言通り女性で史上初となる四段昇段を決める。彼女の三段リーグは16勝2敗で終り、そしてプロ棋士としての戦いが始まる。デビュー戦は4月3日、女王戦第一局。プロデビューがタイトルマッチとなるのは史上初である。
そして最後に静香が研修室で一人芝居をしている模様が流される。
「女性では初の四段になりますが、それについてまず率直なご感想を聞かせてください」
即座に静香は向きを変えて俯いてぼそぼそと話す。
「えっ。そうですね。光栄です」