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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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41.同期

将棋界には数年単位でスターが誕生し、業界全体の景気が良くなる。


ここ最近で言えば12年前、14歳の少年が三段リーグを勝ち抜いて四段に昇段すると、そこから公式戦30連勝という前人未踏の記録を打ち立てた。今の御厨みくりや名人・竜帝だ。多くの最年少記録を打ち立て、将棋界を震撼させた。今は8タイトルのうち2大タイトルを含む6タイトルを持つこの世界の王様だ。


今なお御厨陽翔みくりやはるとの名前は将棋界を超え、日本中のメディアのあちこちで見ることができる。その御厨ブームが終わらぬうちに、早くも次の神風が吹いた。


三段リーグの突破者が、ひとりは史上最年少の13歳、そしてもうひとりは16歳ながら史上初の女性、しかも芸能人とあって、将棋界もメディアもお祭り騒ぎが起きる……はずだ。三段リーグの成績も、両者ともに16勝2敗と例年に比べても抜群の成績だ。


その騒ぎの発端は最終局を待たず、昼休みに行われた簡易な記者会見、その冒頭で昇段者のひとりである天道静香三段が自ら司会を務めたところから始まった。そして同期に昇段を決めた櫛木三段に対し一見遠慮なく質問を浴びせた。


「6人目の中学生棋士、それも初めての中学1年生でもちろん史上最年少、当然将来のタイトルを意識していますよね?」


この場を盛り上げながら、それとなく櫛木の大丈夫なラインを探りながら静香は質問をする。


「目の前の一局一局を丁寧に指したいと思います」


静香のインタビューに、極めてまっとうな回答を返す櫛木に対し、それではこの場が盛り上がらないと、静香は辛めの点を付ける。仕方がない、私がフォローしてあげよう


「これまでの『中学生棋士』の実績を考えると、意識しないはずがないですよね?」


そう言いきって問い詰めるふりはするが、深く追及せずに別の答えやすそうな質問に変える。静香の考えでは櫛木に貸しひとつと考えており、当の櫛木の認識とは大きくずれていた。


「天道さん。まさかと思いますけど、僕も今日昇段が決まったと思っているわけじゃないですよね?」


えっ? 同じ2敗どうしでしょ。今日連敗したら4敗で他の4敗の三段の結果次第で並ぶから順位で……そこで静香は気が付いた。順位最下位の静香とは違い、順位1位の櫛木は前回の例会で昇段が決まっていたのだ。


「ああっ。大変申しわけありません。順位1位様と最下位の私の立場の違いを失念しておりました。何卒なにとぞご容赦くださいませ。もしかして会見も、既に前回に受けていらっしゃる?」


櫛木はうなずいた。それは悪いことをした。だが、もう十分な時間は稼いだ。


「それでは、私天道静香のインタビューに移りたいと思います」


今度は静香はひとり芝居でインタビューを始める。


「女性では初の四段になりますが、それについてまず率直なご感想を聞かせてください」


女性レポーターの見本のようなはきはきとした、発言・質問だ。


誰も気が付かなかったようだが、これは静香なりの既存マスコミへの皮肉というかパロディだった。本来ならもっと聞くべきことがあるはずだ。『お気持ち』とか『喜びを誰に伝えたいか』など、静香は将棋に限らず誰のインタビューでも聞きたいと思ったことはない。先ほどの櫛木にも本気であればもっと突っ込んだ質問をしたはずだ。例えば前期では次点で上がれなかったが、三段リーグのシステムについてなにか思うことはないか、など。


即座に静香は向きを変えて俯く。


「えっ。そうですね。光栄です」


ぼそぼそと、それだけ言うと、また向きを変えて声色を変える。


「なるほど、では今後の目標はどのように考えてらっしゃいますか?」


また俯いてぼそぼそと答える。


「えと、そ、そうですね。目の前の一局一局を丁寧に指したいと思います」


完全に櫛木三段のパクリで周囲の笑いをさそう。だが、その後の態度は先ほどとは違う。


「なるほど、まずは目の前の一歩から確実に、ということですね」


ここで櫛木が突っ込みを入れて来た。


「ちょっと天道さん」


突っ込まないよりは当然良いが、60点もあげられないと静香は考えた。でもまだ中1のアマチュアだと考えると合格点か。にこっと笑って、櫛木に話しかける。


「なんでしょう? 御厨名人・竜帝の最年少記録を5ヶ月も更新して、前回の例会で昇段を決めていた櫛木先生」


それだけで櫛木は黙り、またマスコミから小さな笑いが漏れた。それもまあ静香の計算の範囲内だからいいか。


「まだまだお話を聞きたいところではありますが、午後の最終局の対局があと15分で始まります。櫛木三段、そしてお集まりの皆さま、本日はありがとうございました」


そうやって会見を強引に終わらせて、櫛木の手を掴んで臨時会見場となった研修室を去った。その一部始終が、そこに居合わせたマスコミの手で撮られた。


「ちょっと、天道さん、もう手を放してください」


ああそうか。4階についてから静香は櫛木の手を離した。


「ちょっと強引過ぎませんか?」


櫛木の目は冷たかった。


「そう? 私がああしないとあなた、まだあの部屋から出られずに、午後の対局に遅れてたわよ? そもそも司会者がいない時点で段取りが悪いと言わざるを得ないけど、まあ前回あなたが昇段を決めていたのに気が付いていなかったのは悪かったけど、それでもマスコミ向けの絵は取れたと思うわ。後は終礼の後の連盟の『新四段のお知らせ』の写真とインタビューさえ受けたら、あなたはもう好きにすればよいと思うわ」


それができればだけど。


「まあ私はそういうわけにはいかないでしょうけど。ああそうそう、急いで食事を済ませないと。私はこの前に教えてもらってからは、食べ物を持ち歩いているから前回もらった分を返すわ」


自分も持っているからいらないです、と櫛木は言った。もう午後の対局が始まるまで10分もない。


「天道さんは終礼後、また何かするつもりなんですか?」


そんなゆっくり話している時間ないんだけどな。まあ対局始まってからどこかで食べようと静香は思案した。


「そうね。終礼後に連盟の広報対応があるはずだけど、その後の予定は事務所に押さえられているから、多分ニュース番組をハシゴすることになると思うわ。正直な話、今は私の方が有名だけど、近い将来この世界では、あっという間にあなたの方が有名になるわよ。連盟の意向次第では、今夜はあなたも私と一緒に各局を回ることになるかもしれないわね」


今の櫛木相手だと話しやすいな、と静香は思った。それは櫛木が静香より4学年も下ということもあるだろう。今は13歳と16歳だが、静香は来月には17歳になる。あとはなんやかんや言って、櫛木にとっても、他の人よりはかなり短いが、それなりの期間在籍した奨励会で指す最後の一局になるから感慨深いのだろう。


「僕自身はご遠慮したいです。この前もインタビュー受けてますし」


静香はそうだろうな、と思った。


梅原うめはら会長が同じ考えだったらいいわね。じゃあとりあえず終礼後にまた会いましょう。ここで午後負けるとカッコ悪いからお互い力入れていきましょうね」


静香はそう言って対局部屋が異なる櫛木と別れた。もし静香のための時間を各局が押さえていなければ、櫛木がテレビ局を行脚あんぎゃすることは無かっただろう。だが静香のための時間が押さえられている以上、櫛木も同じ船に載せようと考える人が多いに違いないと静香は思う。


まあ若くて将来有望な将棋指しが、早いうちにマスコミ慣れするのはいいことだ、と静香は思う。


そして最終局は静香も櫛木も勝って16勝2敗で三段リーグを終えた。


これから今年度中に棋士編入試験も予定されていない。勝ち数が同じなので、前期の実績から棋士番号は櫛木の方が若番になる。だから櫛木が354、静香は355番になる。

これを書いている現在、リアルでは棋士番号は332番まで付与されています。


棋士番号の決め方ですが、同期だとどうなるのかについては、畠山八段お二方の wikipedia の記事を参考にしました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 毎日の更新ありがとうございます。 [気になる点] 高校3年生は誕生日を迎えた時点で18歳になり、免許も取得できます。主人公は4月から高校3年で誕生日を迎えるなら18歳になるはずです。 し…
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