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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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04.落ちている機会

「どうですか、例の舞鶴千夜」


鎌田プロダクション営業部長の二本松香織は、幹部会議が始まる前に隣のマネージャー部長に聞いてみた。


「そうね。現場のメンバーの評判は悪いんだけど、プロデューサークラスの評価はいいのよね。知ってると思うけど、ほんのちょい役なのにネットでそこそこ評判になっているみたいなのよ。確かに香織が見つけただけあって、ちょっと面白いと思うわ」


「先輩にそういって頂けるならありがたいです。どんどんバーターとか営業かけていきますね」


香織は先輩から聞いた話に安堵する。これは会社によって異なるが、鎌田プロの営業部は、基本大手企業を相手に売り込みを行う部署だ。もちろん通常はマネージャー部が、担当するタレントのスケジュール管理をしたり、個別の売り込みを行っている。だが営業部はそれとは別に、大企業が行う大きなイベントへの参加や、マスコミの上層部にコンタクトして、タレントだけでなくプロダクションによる企画を持ち込んだりする。


例えばテレビ局のドラマ部門から、ちょっと見た目の良い子と、しゃべりの上手い子、あとはエキストラを10人程出してくれない。男女半々、全員10代で。明日の昼過ぎから撮影なんだよね、といった無茶な依頼を受けても直ちにそれを準備できる。それだけのキャパシティを鎌田プロは持っている。当然マネージャー部との関係は深い。顧客は広告代理店や、テレビ局や番組制作プロダクションの他に、映画会社、イベント会社、雑誌社などのメディアが多いが、時には普通の会社と直接取引することもある。


だから営業部、それも責任者である香織が特定のタレントを推すのはあまり正常な状態とは言えない。早く専属のマネージャーを付けるところまで持っていきたいと、香織は考えていた。


香織は千夜に大きな可能性を感じていた。鎌田プロには金の卵がゴロゴロいるが、当たり前だが彼ら彼女らの年齢は年々徐々に高くなっている。もっともっと若手のスターが欲しいと思うのは当然だ。


幹部会議が終わった後、香織は企画・制作部の部長に声を掛けた。


「すいません。この前の幹部会議の時に、大蔵おおくらさんの曲が流れたって話がありましたよね?」


この場合の「流れた」というのは楽曲として世間にリリースされた、という意味ではなくて、話が流れた方の意味だ。せっかく作ってもらった曲がお蔵入りになってしまった。


先日とある男性アイドルグループ向けに、大御所ミュージシャンである大蔵仁おおくらじんに曲と詞を依頼した。数ヶ月して送られてきた曲は音の高低が激しく難易度が高い。それでいて1回聞いただけでは、耳に残らないバラードだった。


だが何度も聴き重ねることによって、詞も曲も頭にこびりつくようになるタイプの曲だ。通好みの曲と言えばいいかもしれない。さすが大蔵サンの曲だ。鎌プロの担当者も十分な礼を言ってそのアイドルグループに曲を持っていった。


だが、メンバーのうち数人が、音楽性が合わないと言い出したために宙に浮いていた。かといって使いませんでしたとは大蔵サンには言えない。それなりにネームバリューのある、所属タレントに歌わせる必要があった。


「うん。ああ。今うちのいくつかに当たっているんだけど、まだ調整中だな」


多分この部長は曲を手放したがっている。香織はそこに突っ込むことにした。


「その調整が上手くいかなかったらでいいので、その時は私に一声くれませんか? 私に心あたりがあるんです」


うーん、と企画・制作部長はうなった。


名曲だ、だがお荷物になりかけている。制作の報酬は既に払っているとは言え、あまり長い間未発表のままだと印税も出ないから大蔵サンの機嫌を損ねるに違いない。この地雷を押し付ける相手が来た。そう企画・制作部長は思った。


「香織ちゃんがいうなら、もうこの場でお願いしようかな。実はあんまり上手くいってなさそうなんだよね」


香織は大きく微笑んだ。


「じゅあ音源ください。あとで私宛に送ってもらっていいですか?」




千夜はレッスンの合間に、その後もドラマのちょい役や、バックコーラスなど、いろいろな現場を体験したが、それらが世の中に出始めたのは、5月も中頃を過ぎてからだ。


芸能人デビューとなったお嬢様役は、短い撮影時間からさらにカットされて放送されていたし、初めてバックダンサーを務めた番組でも周囲に迷惑をかけただけだった。


ネットを検索するとそれでも「舞鶴千夜」という存在が引っかかるとこはスゴいと思う。だが、総じて顔だけ、という評価ばかりだった。香織さんには悪いけど、やっぱり向いてないんじゃないかな、この仕事。


学校は授業にはなんとかついていけているし、友達もできたけれど、成績はさっぱり。


一方奨励会の方は4月は負け越したが、5月は前半も後半も2勝1敗。まるで将棋の練習をしていない静香にとっては思いもよらない好成績だった。できすぎと言ってもいい。でもこの2勝1敗ペースのままではいつまでたっても昇級できない。


そしてまだ、ダンスも演技も、なにも身に着いていないのに、平日もレッスンと同じぐらい現場に行くことが増えた。現場というのは当然練習やリハーサルも含むので、千夜には大いに勉強になるのだけれど、本当にこんなことでいいのだろうか?


そんなことを思っているところに、今度はレコーディングの話が来た。


「ええっと、メインボーカルの方にご迷惑をおかけするのではないかと思うのですが……」


初めて会話するマネージャーと電話で話をするだけでも疲れる。


「大丈夫。千夜ちゃん、あなたがボーカルだから」


はあっ? その方がより多くの人に迷惑をかけることは間違いない。


「大丈夫。楽器やコーラスは今週中に録音が終わる予定だから。後は千夜ちゃんが何回でも歌えるわよ?」


楽器はともかく、ボーカルよりも先にコーラスが入っているの? それでもミキシングとかする人がいるよね? こんなのでこの業界大丈夫なの?


残念なことに大丈夫ではなかった。レコーディングの現場にはエンジニア以外にトレーナーがいて、何度も何度もリテイクを重ねた。結局その日中にレコーディングは終わらず解散、明日改めて実施することになった。


「よく喉を休めておけよ」


今日、散々歌わせておいてそれか。千夜はそう思った。幸い翌日のレコーディングは午前中でOKが出た。


さすが大蔵さんだな、と千夜は思った。昨日千夜は壊れたアプリのように歌い続けたが、歌うたびに詞と曲が自分に馴染んでいくのがわかった。一晩経った今日はかなり上手く歌えたと思う。ただ、それは自分の力ではなく、トレーナー、そしてミキサーはじめ付き合ってくれたスタッフのおかげだ。千夜は彼らに深く頭を下げ礼を言って家路についた。


なお本当に礼を言わなけばいけないのは、名曲を生み出した大蔵仁と、それを千夜に与えた二本松香織だが、そこまでは千夜にはわからなかった。



「最初はどうなることかと思ったけど、結構イケるんじゃね?」


ボーカルの舞鶴千夜の録音が終わった後、本格的なミキシング作業が始まる。その作業の休み時間にスタッフが雑談していた。


「まあ、俺らがなんとかしないとな。大蔵さんの曲が可哀想だ」


「いやでも2日目、ええっと、誰だっけ、あの子もだいぶいい声出してましたよ」


ベテランが若手にやんわりと釘を刺す。


「舞鶴千夜だよ。新人とはいえ、自分が担当する仕事のアーティストの名前ぐらい覚えとけよ。鎌プロさんは俺らのお得意様なんだからさ」


「わかりましたよ。でもこれ1曲だけじゃCD出せないでしょ? 配信だけするんですかね?」


「さあ? 案外すぐに次の仕事が舞い込んでくるかもよ。さてっと、仕事に戻りますか」


幸い今回の依頼内容は、デジタル加工の必要はなく、単純にミキシングすれば良いので楽だ。あまり手間をかけなくても終わるだろう。そうベテランミキサーは考えた。

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