37.番組宣伝
そして、このタイミングで静香はマスコミの取材を受けることになった。もちろんドキュメンタリーで密着している局のニュースだ。他にも冬休みに最終回を撮り終えた鳥居由美ちゃん主演のドラマにも出ている。そのせいか、夜のニュースで大きく取り扱ってくれた。
「今日は将棋の話題です。将棋は四段からプロになります。四段になる方法はいくつかありますが、その中でも王道と言えるのは三段リーグを勝ちあがって昇段する方法です。ですが鬼の棲家とも言われる奨励会の三段リーグは40人を超える三段の奨励会員のうち、半年にたったふたりしか昇段できません」
一般向けのニュースの1コーナーだから次点など細かい話はしないようだ。
「非常に厳しい環境ですね」
女性記者の説明の後、男性アナウンサーが合いの手を入れる。そこに録画されていた国分王者のコメントが入る。タイトル通算25期を誇るベテラン、将棋界の顔のひとりだ。
『自分がある日若返って人生をやり直す、ってSFがあるじゃないですか。僕がもし明日三段だった自分に戻っていたら、多分すごく嫌な気分になりますね。将棋を辞めてしまうかもしれません』
『国分王者ほどの実績があり、今もタイトルをお持ちの方であれば、それこそ無敵だと思うのですが違うのですか?』
『違いますね。僕は三段リーグを突破するのに4年かかりました。もうああいった思いはしたくないです。まあ御厨竜帝・名人ならばやりたいと言うかもしれませんけど』
そう言って国分王者が笑い録画が終わる。将棋には8つの大きなタイトルがあるが、そのうち6つを持っているのが御厨竜帝・名人だ。
「これまで女性が四段になったことはありません。実は本当にもう少しまで行った女性もいるのですが、やはり非常に高い壁がそびえたっています」
「女流棋士はまた別の制度なんですね」
記者はアナウンサーに応えて続ける。
「はい、あちらは女性だけのプロの棋士になります。ところで今実施されている三段リーグは、18戦のうち14戦まで日程を消化しており、いよいよ佳境となっています。そして現時点2敗でトップの三段の棋士がふたりいらっしゃるのですが、そのうちの片方が女性ということで注目を浴びています」
将棋界的にはもうひとりの2敗である最年少四段候補の方が注目されているのではないかと思うのだが……ここで静香の録画が入る。見た目も話し方も舞鶴千夜ではなく、天道静香だ。当然テロップもそう。
『はい、確かに現時点では望外の成績だと思います。その理由は、私は今回が三段リーグ初参加なので、ノーマークだったということが大きいと思います』
いやにマスコミ慣れしている割にぶっきらぼうな口調で静香が話す。
『まだ高校生、史上初の女性プロ棋士誕生が望まれていると思うのですがいかがでしょうか?』
『そのようにご期待して頂けるのはとてもありがたい話ですが、いまもあたふたしながら指しています。まだあと4局もあるので、気を抜かないように1局1局を丁寧に指していきたいと思います』
無難極まりない発言だ。
「このようにまだまだ油断できない状況ではありますが、天道三段に期待したいところです。そしてこの三段リーグの挑戦については『熱血颱風』で密着取材中なので、後日詳しい内容を視聴者の皆さまにお届けできるはずです。ところでみなさん、天道三段についてはご存じですか?」
アナウンサーがそれに対して答える。
「いえ正直あまり将棋には詳しくなくて」
嘘をつけ。
「天道三段ですが、実はもう一つの名前も持っています」
ここでその局がやっているドラマのVTRが流される。千夜が演じる女子高生の殺し屋が、主演の鳥居由美が演じる女子高生探偵をビルの上からライフルで狙うシーンだ。
「この今盛り上がっている『女子高生探偵槐』にも出演していますし、ここ最近では今も大ヒット中の映画『私の中の大きな森』の主演、さらにこちらも売れ行き好調の4thアルバムもリリースしたばかりの、女優・アーチストの舞鶴千夜さんご本人なんですね」
「先ほどのインタビューとは随分印象が違いますね」
「そうですよね。そしてこの『女子高生探偵槐』も最終回まで残り後3話になりましたが、最後の2話にも舞鶴千夜さんが再出演するとのことで、さらなる盛り上がりが期待できます。そして最終回が放送される頃には、三段リーグも終了している予定なので、その模様は『熱血颱風』をご覧ください。女優としても棋士としても頑張るその姿に、私は応援せざるを得ません」
当然録画なので、千夜はそのニュース番組をレッスンの合間に稽古場で見ていた。
「思ったより時間取ってくれてましたね。あれ? そう言えば『プレーン女子オープン』の決勝の話って、出てきてませんでしたよね」
千夜がそう聞くと静香のギターの先生でもあるプロのギタリストが答える。
「まあニュースであれだけ露出すれば十分じゃないですか? 多分編集でカットされたんでしょうね。自分とこの番組宣伝の方が大切でしょうから」
確かにそうだけど……もやもやしたものが静香に残る。三段リーグはもちろん手を抜けない。だがその間にもう一つ落とせない棋戦が静香にはある。