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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
33/284

33.ブルースの女王(1)

静香は結局36局を将棋部のお客さんたちと指した。


結果は30勝6敗。1敗は去年も対局した元奨励会の方。さすがに8面指しで角落ちではどうしようもなかった。途中の緩手に付け込んだつもりだが、それでも取り返せなかった。2局は、長考がとても多くかつ長い方だったので、うまく誘導して自分の負けにもっていった。残りの3局はかなり弱めに申告されたケース。一番極端なのは、駒の動かし方は知っています、ってことだったので、8枚落ちで指したけど、どこかの将棋部に入っているレベルの子だった。どこが動かし方ぐらいなんだ。


でもまあ、皆さん楽しんでもらえたらしいのでよかった。8面指しで、終わったら感想戦も軽く済ませてすぐに次の人に入ってもらうシステムだったので、あまり会話せずに済んだのも、普及としてはどうかと思うが、静香的にはとても助かった。そして静香がノータイムなので、大事なところ以外は比較的相手もノータイムで打ってくれる人が多く、ライブまでの自由時間が予想以上にできたのも良かった。さて、どこかで遅いご飯を食べて少しゆっくりさせてもらおう。一応自分の教室にも顔だけだしたり、友達の劇を見たり、空き教室で将棋アプリをしている間に14時半を回った。


さてそろそろ準備をしますか。静香はギターケースを手に取って体育館に向かった。


「それでは本日最後のプログラムになります。2年3組 天道静香さんのワンマンライブです。どうぞ」


司会のアナウンスとともに私が現れて中央にある椅子に座る。学校の制服を隙なく着こなし、やや荒れた三つ編みと黒縁眼鏡。本人だけ見るといつもの天道静香だが、今日はちょっと違う。入学してから初めて自前のアコースティックギター、それもエースのRR-36を持って来た。自前だがもちろん経費扱いだ。長身の静香には大きさもぴったり。ライブ用だから当然ピックアップも付けている。そして水が入ったペットボトル。


高校の体育館とは言え、座席は前の方に高齢者の方々向けに少しだけ。残りは立ち見で体育館はほぼ埋まっている。調弦は当然終えているが、アーティストっぽく軽く弦をはじいてから静香は歌い出した。


1曲目は誰でも知っているであろう演歌から始めた。歌い始めると客席がざわめいたが関係ない。静香はこの曲を自分の味で歌いきる。静香は強く、時には弱く、ごぶしをきかせて歌いながらギターをかき鳴らした。


歌い終わると大きな拍手をもらえたのでちょっと一安心。


「2年3組天道静香です。本日は聖瑞庵高校の文化祭に、そして私の初ライブにお越し頂き大変ありがとうございます。今日は私の好きな曲を勝手気ままに歌う、という非常に我儘わがままなライブです。短い時間ですがお楽しみ頂ければと思います」


ここで間を取る。


「チケットに記載されているように、このライブの模様は録音・録画されており、後ほど誰かさんの動画サイトで無料公開されます。みなさんが個人で楽しむために、録音・録画されても大丈夫ですが、ネットなどへのアップロードは止めてくださいね」


このライブの模様は事務所が録画していて、そのうち公開される予定だ。事務所が噛んでないなんて嘘っぱちだ。そしてこれだけの人がいるのだから、誰かが画像を勝手にアップすることも当然織り込み済だ。


「次は私の大好きなアーティストの曲を2曲続けてお送りします。100年以上前の曲だとは思えないですね。ベッシー・スミスで、『Baby Won't You Please Come Home』そして『Saint Louis Blues』です」


I've got the blues,

I feel so lonely;

I'd give the world

If I could only

Make you understand;


ああ、お客さんがついて来てないな、歌いだしから静香はそれを理解した。でも構わない。この体育館は静香の実験場だ。実行委員も事務所も静香がやりたいようにやると言ったら文句を言わなかった。


Nevermore to call your name.

When you left you broke my heart,

That will never make us part.


観客のほぼすべてがこの曲を知らないなんて残念なことだ。昔の曲だけど、多くの思いがこの歌には込められているのに。


曲が3番(静香の認識)に入って静香はどんどんアレンジを繰り返す。伸ばしたり短くしたり、時にはコード/和音も変える。


Baby, won't you please come home?

I need money.

Baby, won't you please come home?


静香はこの曲の最後が好きだ。結局はお金だ。歌い終えたあとも静香はギターを止めず、しばらく歌詞無しで引きながら少しずつ曲を変えて行く


そしてやや唐突にSaint Louis Bluesに曲を変える。


I hate to see the ev'nin' sun go down

Hate to see the ev'nin' sun go down,

'cause my baby, he done left this town


こちらの曲の方が有名だと思うけれど、それでも観客のノリはイマイチ。


The man I love, would not gone nowhere,

got the St. Louis blues just as blue as I can be

That man got a heart like a rock cast in the sea,

or else he wouldn't have gone so far from me


静香が好きな部分、テンポも変えるし、突然の転調入れてどんどんアレンジしていく。


A black-headed gal make a freight train jump the track

Said a black-headed gal make a freight train jump the track

But a redheaded woman makes a preacher ball jack


まあ今回の目的は、これが動画サイトに上げられたら、海の向こうの人からコメントなりもらえないかな、という事務所の狙いがあった。だが客席の様子を見る限り、この流れを続けるのは無理そうなので、予定変更。


4曲目は元々の予定ではギターだけのインストゥルメンタルを弾くつもりだったけど、アニソンを元気いっぱい歌って盛り上げ、5曲目で少し前に流行ったJ-POPをバラード風にアレンジして拍手をもらう。


静香は何回目かの水を口に含んでからMCする。やっぱりインストは入れた方がよかったかも。


「はい、皆さんありがとうございます。ちょっと歌ってばかりであまりお話できてませんが、早いものでもう終わりの時間が近づいています。なんとかあと2曲、舞鶴千夜の曲を歌いたいので、MCなしでいきますね。1曲は冬に発売予定のアルバムから、『東京雪景色』です。まだレコーディングが終わっていないと聞いたので、もしかしたら発売時には歌詞なども変わるかもしれません。そして最後の曲も舞鶴千夜でそのデビューシングル、「PWMR」です。2曲続けて演奏して幕を下ろします。アンコールはありません。それでは本日はご来場いただきありがとうございました」

ベッシー・スミスの「Baby Won't You Please Come Home」は Charles Warfield(1878~1955)と Clarence Williams(1893~1965)の共作(異説がありますが)で、「Saint Louis Blues」はW. C. Handy(1873~1958)の作品です。どちらも改正前の著作権法(50年)の対象なので著作権が切れています。

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