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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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32.文化祭

ここの所毎週のように静香にはイベントが入っている。三段リーグ初戦の次の週末は文化祭だ。なお来週は三段リーグの2回目の例会だ。


文化祭。今年、静香はクラスの催しものには参加しない。先日出し物を何にするかを決めるホームルームで、男子の誰かがいきなり手を挙げて、舞鶴千夜のリサイタルをやろうと言い出した。その上他の男子たちもそれがいい、と示し合わせたみたいに次々に言い始めた時には、少し頭にきたので改めて事務所の話をした。自分たちはなにもしないつもりなのか?


「それに私は(ろくに顔も出さない)部活がある上に、文化祭実行委員会から40分の単独ライブの枠が与えられてます」


先ほどの案を出した男子が言い返してきた。


「あれ? ついさっき、舞鶴千夜の名前には事務所を通す必要がある、って言ってなかった?」


あんた、そんなに私に押し付けたいのかい?


「ですから舞鶴千夜ではなくて、私、天道静香の初ライブです。体育館でひとりで40分を2日間です」


すると別の男子が言う。


「じゃあ、教室でも同じことをやってくれればいいんじゃないかな?」


これだからこのクラスの男子は嫌だ。まだ将棋部の連中のほうがはるかにましだ。ここでようやく女子陣営が味方に入ってくれる。


「いや、天道さんはもうそれだけ役目があるわけだから、むしろクラスの催しものには関われないんじゃない?」


「そうそう、もっと他に案をだそうよ」


そうしてその後、静香はクラスの催しものに参加せずに済むようになった。ちなみにお化け屋敷をするそうである。



当日の午前中、静香は将棋部で時間を潰すことにした。教室をさっさと抜け出して、文化祭開始前に将棋部員相手に多面指ししている最中に、文化祭が始まった。少ししてものすごい勢いで走って来る人達がいた。


将棋部の部室に入るや否や彼はこう叫んだ。


「舞鶴千夜さんと打てませんか?」


そして息をはあはあと吐く。


「あっ、私で良ければ指しますよ?」


静香は手を挙げた。


「うわあ、本物の舞鶴千夜さんですね。僕スゴいファンなんです」


いつもの制服系静香スタイルだけど、この人には舞鶴千夜に見えるらしい。


「それはありがとうございます。将棋にご興味が?」


「いえ、将棋には興味ないんですが、舞鶴さんに会えて嬉しいです」


将棋には興味ないのか……なにか嬉しいような嬉しくないような、申しわけないような、自分でも良くわからない気分に静香はおちいった。


「ありがとうございます。でも将棋にも興味を持ってもらえれば、より嬉しいです」


「はいありがとうございます。今からライブの整理券の列にも並んできます。ありがとうございました」


彼は、舞鶴千夜のファンだということだけを言って、さっさと出て行った。せめて千夜のどこがいいとか、の意見が欲しかったところだが、カメラやスマホでパシャパシャしなかったので彼は合格だ。そして、一人目が出ていったらすぐに二人目が静香の前に現われた。


「彼、今から並んで整理券取れるのかな?」


どうやら先ほどの話が部屋の外まで聞こえていたらしい。


「えっ、私のライブの整理券、そんなに行列できてるんですか?」


静香はこの二人目の彼に聞いてみた。


「ええ、私が最初に整理券を頂いた頃には、後ろにはもうすごく並んでました。もう今から行っても無理なんじゃないかな」


整理券は事前に生徒には、今日か明日のどちらかを1枚予約できるようにしている。その1枚は本人が使ってもいいし、誰かに渡してもいい。だからほとんどの生徒が予約したらしい。そりゃあ1枚だけだと、生徒以外の誰かと一緒にはいけないから、あなた興味がないなら私に譲ってみたいな場合があるのだろう。


そして生徒分以外を当日来客者に配るのだと言う。その列にすごく並んでいるとのことだが、理解できない。だって、天道静香だよ? 知らない人から見たら舞鶴千夜と同じ人間なんだろうけど、天道静香は舞鶴千夜とは別物だ。見た目もそうだが、例えばステージでのサービス精神など、まったく持ち合わせていない。今日だって、自分が選曲した好きな曲を歌うだけ。舞鶴千夜の曲も一応入れておいたけれど。MCも最低限に留めるつもりだ。


でも将棋はサービスしていかないとね。そう普及は大事。普及は本当に大事。


「そうなんですね。あなたは将棋は指されますか?」


「はい指します。一応アマ初段です」


おっと、いきなりなかなかの人が来てくれた。多面指しになるだろうから、2枚落ちなら負けてもおかしくない相手だ。


「何枚落としますか?」


一応聞いてみる。


「では2枚落ちで」


ああ、まともな人だ。おそらくいい勝負になるだろう。だが既に3人目が並んでいる。こちらの人にも聞いてみる。


「ええっと棋力はどれくらいですか?」


「えっと動かし方を知っているぐらいです」


うん、将棋に興味を持ってきてくれているのであればOK。


「じゃあ8枚落ちで指しましょうか」


静香は将棋部員たちをどけて、お客様に入ってもらう。だが、すでにもう行列ができている。静香は追い払った将棋部員に話しかけた。


「ちょっと整理券作って配ってくれる?」


「ああ、そのほうが良いかもしれないね。もうだいぶ行列ができているし、まだまだ伸びているみたいだから100人分ぐらい作ればいいかな?」


今日の静香は沸点が低い。もしお客様がいらっしゃらなければ怒鳴りつけていたかもしれない。


「無理。せいぜい30人にしてください」


「でも、天道さんのライブって3時からでしょ?」


ほほーっ。


「そうね。6面指しで合計100人ってことは6で割っても単純計算で16~17局分の長さになるわね。ところであなた、100人と指した後に、ひとりで40分の舞台の上でライブ、それを2日連続でする人の気持ちを少しだけ想像してみてくれるかな? その後でもう一度私に同じことを言ってもらってもいいかしら?」


途中から少し千夜が入ってきて笑顔を浮かべたのは、そうしないと、静香というか将棋のイメージが落ちてしまうからだ。男子部員は、ただわかったとだけ言った。


これだから男子は嫌だ。この学校にいるのだから勉強はできるのかもしれないが、想像力が欠如している。だが、これでもクラスの野郎どもよりは将棋部員の方がましだと思う。ほら、黙っていてもちゃんと椅子と机と将棋盤を持ってきてくれた。


これで8面指しになったが、それでもこちらには余裕がある。でも1局に1時間かかったらどうだ? 今打っている人達は整理券ができる前だから合計36人か38人。5時間はまずいよね。下手をするとご飯を食べるどころかトイレに行く時間もない。


「すいません。あんまり時間がありませんので、手加減せずに行きますね」


静香はほぼノータイムで最善手を指して終わらせに行った。

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