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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
30/284

30.三段リーグ初戦

ありがとうございました。


千夜は頭を下げ片づけをすると、場所を変えて勝利者インタビューを受けた。さすがに本戦で勝ち進んでいる間は、ナビゲーターとしての役割は今朝の会場案内だけだ。スタッフに対して、緊張せずに上手く指せたと思います、とまとめた後、今後の対戦の話をする。千夜の相手はまだ決まっていないがやはり女流三冠を意識していると静香は答えた。


そして話題は再来週から始まる三段リーグの話になった。


「目標は勝ち越しです」


三段になったばかりの静香は三段では一番順位が下っ端だ。だいたい15勝3敗か14勝4敗ぐらいが昇段ラインとなるが、同じ勝ち負けで何人かが並んだ場合、前期の順位が上の棋士が昇段する。40人もいるのに18戦しかない三段リーグは全員どころか半分の三段会員とは当たらないのだけれど、静香は運が悪く三段リーグの順位(前期の成績による)が1位3位4位の三段棋士と当たる。7戦目、13戦目、8戦目がそれだ。だから今季は三段リーグに慣れることと、順位を上げることが目標となる。5勝できないと降段点が付くので、それを取るようだと最悪だ。



その年、後期の三段リーグの初日、大阪の将棋会館にはいつも以上に報道陣が集まっていた。静香は前泊して万全の態勢で臨んでいる。例のドキュメンタリー番組のクルーの車で、簡単にインタビューを受ける。そして静香が将棋会館に入ると当然のように撮られるが、誰も話しかけてこないのは連盟が手を回しているのだろう。制服ではないが、野暮ったい男物の量販店の服を雑に着た、天道静香のいつもの姿だ。


初段や二段では静香は年下も年上もそれなりにいたが、三段リーグになると静香は年齢が下の方になる。初戦の相手は27歳で、今までに静香と対局したことはない。少し聞いた限りでは年を経るに従って、より防御よりの棋風になっていると聞く。前期の成績は10勝8敗。勝ち越し規定を満たして退会せず三段に残り続けている、ある意味しぶとい棋士だ。


午後の2戦目は静香より一つ年下で、静香が2級からずるずると連敗している間に指したことがあり、惨敗した思い出がある。当時は攻防にバランスの取れた将棋を指していた。だが彼は前期の成績が2勝16敗で降段点がついている。


初戦に勝てれば静香の目標である来期の順位で上位に入れる目途が付くし、二戦目に負ければ昇段は相当に厳しいことがわかる。今日でこの鬼の棲家すみかと今の静香の立ち位置がおおよそわかる。わかってしまう。


そして彼らは静香の棋風についてそれなりに予習しているはずだ。奨励会の棋戦は棋譜が記録されないから、両対局者本人もしくは彼らが記録した棋譜が流出でもしない限りわからない。だが特に女性が打った棋譜は珍しいので対戦相手が残す場合が多いと聞く。そして静香は、正確には舞鶴千夜として、女流の公式戦に出ており、その棋譜は当然残されている。


おそらく極端な早打ちで、どちらかと言うと居飛車派で、攻め将棋で急戦を好むことをみなが理解しているだろう。そして三段リーグまで来ると女性へのマークがとても厳しい。これまでの挑戦者たちがことごとく跳ねのけられてきたのもそれが理由のひとつだ。なぜか三段の男性は女性には負けたくないと思うようで、妙に気合を入れてくると聞く。静香はそれすらも利用していかなければ、勝つことはできないだろうと考えている。


だから最初の2戦はそう見せかけて長期戦を取るとか、あるいは挑発的な奇襲をするとか、指し方の工夫も考えないといけない。初戦は後手だし、まずはいつものスタイルで、展開によっては指し方を変えることも考えておく。


「よろしくお願いします」


さて、相手の田部三段はどういう作戦で来るかな。互いに角道を開けた後、田部三段の3手目は8六歩つまり角頭の歩を上げてきた。静香の三段リーグ初戦は先手角頭歩となった。静香は実戦では先手でも後手でも角頭歩を使ったことはない。奨励会で相手に使われたことも多分数える程しかないし、それらはすべて静香が先手の時だ。角頭歩は後手が使う戦術という先入観が静香にはあった。相手は角頭歩のスペシャリストかもしれないし、三段リーグの長い経験から、新人に対しては奇襲で混乱させるのが有効だと知っているのかもしれない。


これが田部三段の棋風なのか、それとも奇襲を用いて経験値で勝とうと思っているのか。多分後者で、つまり舐められているってことだ。静香はそう理解した。


指したことは無いけどこう見えても三段なのだから、まったく知らないわけではない。角側の端歩を突くと予想どおり角交換してきた。そして11手目には8八飛で向い飛車。ここまでにも分岐点はあったはずだけど、相手の予想の範疇なのだと思う。


とは言え、3手目角頭歩は奇襲だから、現時点でも微妙に有利なはずだ。素直に第一感を頼りにノータイムで指していく。相手も静香に合わせたのかノータイムで指している。100手を超えたのに、互いに1時間以上時間を残している。チェスクロックで切り捨て(タイトル戦などのように1分以下はカウントしないこと)は無いので、両者ともほぼ1手30秒程度で指していることになる。


互いに意地でもギアを落とさない相当の早指しだ。このままいけば勝っても負けても昼休みが随分長くなるだろう。午後の対局は14時からと決まっているからだ。


このスピードは私に有利だ。静香は自分にそう言い聞かせて、早指しを続けた。

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