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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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29.熱血颱風(1)

その後一週間もすると、校門の人だかりも無くなり、さらに数日後経って静香は前のように試しに電車で通学してみた。小田急でもJRでも、そして校門でも特に問題は無かった。ありがたい話だけど、人の心は冷めやすいんだと改めて知った。静香も歩みを止めたら、あっという間に過去の人にされてしまうのだろう。だから足を止めるわけにはいかない。


そして千夜というか静香よりな新しい仕事が来た。『熱血颱風ねっけつたいふう』という特定の人物に焦点をあてたドキュメンタリー番組への出演依頼だ。今回の場合は『女性芸能人が挑む初の三段リーグ』がテーマになる。明石さんによると、先日の会見後すぐに申し込みがあったのだが、私のところに来るまでに調整に時間がかかったのだという。


もし昨年の静香の所に話が来たのならば、諸手を挙げてノーギャラでも出してもらうような番組だ。だが、今となっては舞鶴千夜のネームバリューが大きくなり過ぎたので調整に時間がかかる。番組スポンサーと私が出ているCMの業種が重複している、などはまだ簡単で、放送するまでに編集をどうするか、なども大きな焦点になった。結局編集は日本将棋連盟の広報部と鎌プロのプロデューサー、そして番組のプロデューサーの合議で行われることになった。


そしてここにはさらに大きな問題が隠されている。静香が四段になる可能性は少ないが、女流棋士になる可能性は十分にある。その後、どこまでが「天道静香」の仕事で、どこからが「舞鶴千夜」の仕事なのか。現時点で静香は奨励会員であり、日本将棋連盟に属しているとは言えども、アマチュアだ。それがプロになった時にどう扱うか。連盟幹部も頭を抱えているに違いない。


10月、中間考査の前で三段リーグも始まる前に『プレーン女子オープン』の本戦、その1回戦が始まった。相手は女流二段でタイトルに挑戦したこともあるが、ここ数年は大きな実績がない。ここで勝って、三段リーグに弾みを付けたい。


「はい、舞鶴千夜です。今日はここ千駄ヶ谷の将棋会館に来ています」


テレビカメラとともに千夜は館内に入る。


「今日は『プレーン女子オープン』本戦の1回戦です。予選は一斉に開催されますが、本選はそれぞれの棋士の予定に合わせますので、同日に行われる方が珍しいです。そして今日、私、舞鶴千夜の1回戦がこの将棋会館の4階、対局室で行われます」


本戦当日の撮影ではあるが、録画なのでカメラをオフにして4階に移動する。


「はい、ここが4階です。で、こちらがタイトル戦が行われる特別対局室です。いつか私もここで指してみたいですね。その隣から高雄、棋峰、雲鶴の間です。繋げて大部屋にすることも多いですが、今日は各対局室の襖は閉じられているはずです。本日私が対戦するのはこの一つの棋峰の間になります」


千夜が反対側に移るところは早送りされる。


「そして反対側にはこちら、控室に使われることもある桂の間。そして隣は銀沙、飛燕の間。この二部屋も繋げることができます。タイトル戦やA級順位戦だとここが控室になることもありますね。今日は行きませんが、5階には香雲の間、地下には星雲戦などで使われるスタジオもあります。この収録をしている今はまだ朝早いので誰もいませんが、あと数時間すると人が集まって来るはずです」


また場面はワープする。


「そしてここ、入口に戻ってきましたが、ここに本日の対局の一覧が表示されています。はい、皆さまこちらにご注目ください。棋峰の間のところに私、舞鶴千夜のプレートがありますね。ここに自分の名前が貼られるというのは私の長年の夢でもあったので感無量です。いずれはもう一つの名前のプレートも貼られるようにと願っています」


これらの映像はもちろんプレーンオープン用だけれど、ドキュメンタリー番組でも使いまわされる可能性がある。そしてここからはライブ放送になる。


まずはスタッフが振駒の準備を始めているところだ。


「と金が4枚なので舞鶴三段の先手になります」


幸先がいい。


千夜にとっても静香にとっても三段になってからのデビュー戦。千夜は三段だが、女流としての実績はないアマチュア。相手は女流二段のプロ。だから千夜が下座になる。10時の開始時間を目前として、千夜は深呼吸をする。


これまで舞鶴選手と言われたこともあるし、天道二段と呼ばれたこともある。だが、舞鶴三段と呼ばれるのは初めてだ。奨励会は本名で参加しており、この『プレーン女子オープン』だけが特別に芸名で呼ばれることになっている。


あと、このオープン戦の1回戦でビデオやカメラが入るのは珍しいだろう。これもマスコミ慣れした静香に有利かもしれない。


「10時になりましたので始めてください」


その声を聞いて互いにお願いします、と声を掛けて本選の1回戦が始まった。初手、千夜は角道を開けると、カメラの音がした。そして相手もすぐに角道を開けた、千夜は6六歩で一旦角道を閉じる。すると相手は飛車先の歩を突いて来た。居飛車ってことだ。


マスコミはここで退室した。本来なら一手目で退室する予定だったけど、チェスクロックということもあって、序盤はすぐに手が進むから仕方がないよね。


女流は結構振り飛車党が多い。千夜自身も他の奨励会員よりは飛車を振ることが多いと思う。ここは振ってみるか。6八飛で四間飛車に振った。相手が居飛車穴熊なら藤井システムに入る。29手目で4七金と指した。ここまで両者ともほぼノータイム。


こちらは高美濃で相手が穴熊に入るかどうかを見極める方針。相手は少し時間を使って、1二香。これは、藤井システムは怖くありません、穴熊直行します、ってことだ。つまり戦略は穴熊対藤井システムということになる。藤井システムが考案された当初は居飛車穴熊に対して猛威を振るったが、研究が進んだ現在においては、一方的に有利というわけではない。


千夜は桂を跳ねた。相手は少し考えて角を下げる。ちょっと面倒だけど、4五歩を突いて駒をぶつけた。まだ時間は早いけど選択肢も多い。局面的には中盤に入ったと見ていいかな?


持ち時間は3時間あるが、千夜はノータイムで指し続け、どんどん攻める。たまらず相手が攻撃にでようとするとそれを潰す。消費時間の差はどんどん大きくなり、87手で千夜は快勝した。


ありがとうございました。

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