284.記念撮影会(6)
静香は手で合図して純子に先を促す。
「静香は棋士だから現状と未来を中心に見てるでしょう? 私から見ると囲碁将棋は知的教育の一環としてとりいれられた要素も大きいと思う。柔道や剣道が体育に取り入れられたのと似ているんじゃないかな?」
「うーん。それは否定しないけど、なぜ海外育ちの純子からそういう視点が出て来るのかの方が面白いと思う」
「それは逆よ。静香から見たら静香は将棋や囲碁が子ども時代に覚えるのが当たり前の世界に育ったでしょ? 柔道や剣道も体育の授業で選択できたわけでしょ?」
ん?
「確かに小学校の時のクラスマッチ、って和製英語かな、学級対抗の大会の中に、野球やサッカーの他に将棋があったね。純子はそういうのは無かったの?」
「私が通っていた高校には Grade Competition という学年対抗のスポーツ対抗はあったよ。でもフィジカルなスポーツだけ。イギリスだと映画みたいに寮対抗の競技があるところもあるけど、でも……私の感覚だと欧米ではそういった行事が無い学校の方が多かったと思う。で、静香はクラスマッチで静香は将棋で相手を蹂躙したのね」
「小3で師匠に弟子入りするまではそうかな。あと体育の授業では中学では柔道・剣道の他に相撲もあったけど、高校だとダンスも選択できたよ。そして将棋はあったけど囲碁はなかった。あくまで個人的な見解だけど囲碁は将棋よりも難しいと思う」
強い弱いはともかく将棋を指している子どもは小学生時代の静香の同級生にもいた。でも囲碁を知っている子がいたかは知らない。将棋の場合、盤面を見たらどちらが有利でどちらが不利かというのはなんとなくわかる。
駒を多く持っていて、守りが固い方が有利。
これは普通の人でもわかるはず。もちろん実はこちらの方が有利なんです、なんて状況もある。玄人である静香でも形勢判断を間違えることもある。でもこの「普通の人が見てどちらかが有利だと感じる」のがとても重要だと思う。
これが囲碁の場合、静香は盤面を見てもどちらが有利なのか、アゲハマ(相手から取った石)の数ぐらいしか判断材料がない。
「そうなの? 将棋人の意見だからかなりバイアスが入ってると思うけど、囲碁よりも将棋の方が一般的ってことね」
「日本ではそう。囲碁は他の東アジアでもプロの棋戦があるからその点では将棋は大きく差をあけられているね」
日本では囲碁の普及人口はだいたい3百万人ぐらいで、将棋が8百万人ぐらい。どちらも少子高齢化と趣味の多様化の影響を大きく受けているが、囲碁の方がより深刻だと聞く。
これが中国だと囲碁が4千万人、象棋(中国の将棋)が1億人ぐらい。どちらもプロがいるけれど、より整備されているのは囲碁の方。中国の象棋の大会の賞金は日本円換算で4百万円ぐらいだけど、囲碁だと3千万円~4千万円相当の大会もいくつかある。
また形式も違う。日本だと囲碁も将棋もタイトルマッチ形式が多いけど、中国や韓国ではタイトル戦も残ってはいるけれど、トーナメント形式の方が主流になっている。
「そして教育面でも中国や韓国では日本以上に囲碁が取り入れられているみたい。中国だと囲碁の強い子だけが全国から集められた特別クラスがある学校もあるんだって。なんだろう、日本棋院が学校をやっている……いや甲子園の常連校が良い選手を集めるみたいなイメージかな?」
静香の場合は地元にあった道場が開催する子供向けの教室で将棋を覚え、その道場で大江九段を紹介してもらった。残念なことにその道場は、静香が奨励会で足掻いているうちに無くなってしまった。
「へえ。まあそんな感じで、東アジア圏では囲碁や将棋が強い子は頭がいいみたいな風潮があるんじゃない? どちらも各国の伝統文化として、教育とか社会に絡んでいるのよ。あっ、そう言えばテレビで静香のことを言ってた人がいたよ。将棋をやってたから、大学進学もできて他の分野でも活躍できてるって」
えっ?
「誰だろ? 梅原会長かな? 将棋をやってない私が想像できないからわからないけど、それはどうだろ? 」
琴棋書画という言葉がある。元々は古代中国の言葉だけど日本語にもなっている。楽器、囲碁、書道、絵画は教養人として身に着けるべき教養とされていた。ここに詩(漢詩・和歌など)が無いのはそれは詠めて当然ということ。
日本でも囲碁将棋の棋士は江戸幕府の庇護を受け、武士の教養とされ知的職業人として身分が保証されていた。
「ともかく他のフィジカルなスポーツや囲碁と違って、事実上日本に閉じたままで将棋の興行が成立しているのは、伝統的な教育もあり知的職業だという認識を日本人が持っているからファンが多いってことよ。付け加えるなら静香が言うように、ギルド的な専門団体がマスコミと組んで大会を主催し、かつ後進の育成もしているってところかしら? どう?」
純子先生の端的なまとめを静香は丁寧に拝聴した後にちゃぶ台返しをした。
「でも結局のところ、やっぱり普及が大事ってところに戻ってこない? これ?」
軽いゲンコツが純子から返って来た。




