282.記念撮影会(4)
玉将戦はすべてが地方対局の二日制。だから最低でも3日間が必要。
対局前日の昼過ぎには検分があるので現地入りする必要がある。静香はそれを相手任せにして前夜祭ギリギリから出席したことがあるけど本来ダメです。ありえない極論だけれど、この真冬に窓全開で暖房無し、相手がスキーウェアを着こんでいても文句は言えない。だから朝に東京を出てお昼までに着けない場合は前日入りする必要がある。
そして終局が長引いた場合は当然翌日の移動になるし、玉将戦の場合は記念写真もある。前夜祭の前日に現地入りし、終局の翌日に記念写真をしてから移動した場合、最大5日が必要になる。
今回の玉将戦の場合第一局が京都、第二局が仙台とどちらも東京からのアクセスがよかったので前泊はなし。それでもそれぞれ4日間、舞鶴千夜のスケジュール表が埋まった。
京都でも仙台でも二日目のお昼過ぎに終局、記念撮影を終えてその日のうちに静香は家に帰ることができた。だから空いた4日目はフリーになる! 素晴らしい! おかげで休む予定だった大学に朝から夕方まで通うことができるのでした。
これもいろいろとありがたいことです。この1日1日の積み重ねが留年崖っぷちの静香を支えてくれている。そして休んでた数日間のノートのコピーを純子からありがたく拝領する。
「わかりやすいかと思って、実習のスケッチは後で色を塗ったわよ」
すごい! 素晴らしい! 天才!
静香は純子先生のノートには1年生の時から頼りっぱなし。1年の時でも素晴らしい効力を発揮していた。静香が頼りっきりだったからだと思われるが、この3年弱で純子ノートの精度は恐ろしく上がっている。
「この天道静香めが留年せず、今ここにおりますのは、ひとえに純子先生のお力添えの賜物にございます。誠にかたじけなく厚く御礼申し上げます」
「そういうの、いいから」
クールにそう言い放つ純子さん、かっこいい。一生ついていきたくなるけど、純子さんは呆れ気味のような気がしないでもないので静香は自重した。
「で、2連勝でしょ? いい感じじゃない?」
昼ごはんを純子と一緒に食べる。今日は美桜はいないのでふたりだけ。学内で友人が増えていないという現状がありありとわかる。静香がいない時は純子は他の友だちと楽しく食事をしているに違いない。そう思うのは卑屈に過ぎるだろうか?
「まあ、おかげさまで。思っていたよりも2日制にもすんなり入れたね。時間の使い方はもっと工夫しないといけないから、今のうちにちゃんと修正しないといけないかな。あとまだ封じ手をしてないから次はやってみたい」
封じ手は1日目の最期の手を実際の盤面では指さず、棋譜にのみ記載して、それを誰にも見せないでおく。そうすることで片方だけが一晩ゆっくり考えることができることを防ぐ。純子には玉将戦が始まる前に説明したから覚えているはずだけど念のため補足しておく。
「封じ手は2日制のタイトルに挑戦するか、チャンピオンシップに出ないと経験できない。私はチャンピオンシップで封じ手したことはあるけど、あれはお客様に楽しんで頂くのが目的だから少し特殊だと思う。だから今回の挑戦で一晩寝かせる封じ手をやってみたい」
いわば一部のタイトル挑戦者だけが味わえる特権だと思う。タイトル保持者は保持する前に挑戦しているはず。
「うん。今聞いて思い出した。で、他の棋戦もあるし、将棋以外のイベントもあるんでしょ?」
「おかげさまで」
静香は食べ終えた定食のお盆をテーブルに置いたまま答える。対面に座っている純子は物珍しそうに静香が買って来た仙台銘菓の箱を見ていたかと思うと、いきなり包装を破って豪快に開き始めた。この場で静香と食べようということだろう。
静香は教室でも仙台土産をばらまいたけれど、いつもお世話になっている純子には特別なものを渡した。どちらも西さんが選んでくれたものなので、美味しさは折り紙付き。でも静香は自宅から持って来ただけなのでお土産を渡す身としてそれは少し悲しいことだ。
さらに言えば実際に買いに行ったのは西さんでもないはず。西さんはいろいろと忙しく、静香が新幹線の中で寝ている間もノートPCを音を立てずに叩いているし、しょっちゅうデッキに行ってる。多分いろんなところから電話がかかってくるのだろう。
静香自身も終局後にもいろいろと面倒事を頼んで西さんの仕事を増やしてしまった。
仕事がある分「鎌プロ」としては良いのかもしれないけれど、こんなに将棋や大学で忙しくしている静香のお世話をしていても大丈夫なのだろうか?
「うん、美味しいわね。静香はもう食べた?」
純子が差し出してくれたものに手を伸ばす。
「頂くわ」
そう言って個包装のものを一つ手に取って口に含む。甘くておいしい。流石は西さん、完璧なチョイスです。
「静香はさ」
純子が新しいものに手を伸ばす。8個入りだから持ち帰ってもらおうと思っていたけれど、静香とふたりでこの場で食べ尽くしそうな勢いだ。
「うん?」
「ちょっと頑張りすぎじゃない? 学生生活を楽しんでる?」
静香は少し考えた。現時点でも純子に心配される程度にはヤバく見えるのだろう。