281.記念撮影会(3)
「えっと?」
私は上司である(明石)沙菜さんに聞き返した。
「あれって主催の新聞社が決めるんじゃないんですか?」
「もちろんそうなんだけど……でもね、この前の京都での舞妓さん姿が結構話題になったでしょう?」
天道さんが舞妓の衣裳を着用した写真でものすごく似合っていた。特有の濃い白塗りのメイクをしていたので、普段の天道さん(舞鶴さん)とは全然違うので、現地では気が付かない人もいたけれど、それでも周囲の人はみんな写真に撮っていた。
そりゃあそうでしょう。本物の芸能人。それも身内びいきが入るかもしれないけれど超一流の人がモデルを務めたのだから当然。撮影にも慣れてるし。
私が「舞鶴千夜担当」通称「千夜担」に正式にアサインされてからそろそろ3年近くなる。だが沙菜さんが舞鶴さんの専属マネージャーになる前にも彼女に付いたこともあるので、今となってはデビューしたばかりの彼女を知る数少ない人間になってしまった。
当時はこんなビッグネームになるとは思わなかった。演技も歌も下手だったし、なんというか見た目だけで華が無かった。
スカウトした(二本松)香織さんとか、わかる人には光るモノがあったのだろうけれど、この世界で順調にキャリアを積んだ今の私でも、第二の舞鶴千夜を発掘できるかというと全然自信がない。目の前にいる上司、沙菜さんでも難しんじゃないだろうか? まあ私たちはスカウトじゃないから別に良い。香織さんもスカウトではないけど、特殊な人だと思う。
「でも舞妓さんだってこちらでいろいろ準備しましたよね……ああなるほど。そういうことですか」
実は舞妓さんには厳密ではないが目安としての身長制限がある。だいたい150cmから160cm。
それを聞いた時は警官みたいだなと思った。つい最近まで警官になるには都道府県ごとに決められた身長制限があった。特に警視庁のSPになるには男性の場合173cm以上必要だった。今はそのルールはないけれど、背が低いと職業上不利だと思う。格闘もそうだけど、銃弾などから背の高い要人を守るのが難しいだろう。
舞妓さんの場合はSPほど物騒な理由ではない。着物のサイズや着姿のバランスからの目安だとか、あまり大きいと可愛らしくないとか。その基準も徐々に高くなっているらしいけど、身長が170cmを超える千夜さんの衣裳は本物の舞妓さんの衣裳ではない。主に訪日外国人向けの貸衣装の中から本格的なものを用意した。
本来玉将戦の「記念撮影」の準備は主催者が準備してくれる。勝った棋士は用意された服を着て、その人に応じた許容範囲内のパフォーマンスをすれば良い。だが私たち「鎌田プロダクション」はそのままで良しとできない。「舞鶴千夜/天道静香」のブランドは最大限上げるのが私たちの仕事だ。
玉将戦の記念写真というのはそれなりにニュースバリューがある。実際紙面でもかなりのスペースを使ってくれていたし、その後のネットでの拡散状況のインパクトはそれなりに大きかった。
そりゃあ普通の人でも舞妓さんのコスプレをすればそれなりに映える。それを千夜さんがやれば、普段と外見が違うので、受けるに決まってる。 海外にまで大きく拡散されたのでスポンサーも連盟からも評価が高かったらしい。
それに……今年のグラマフも舞鶴さんはノミネートされているけど欠席する予定。少しはその言い訳になったのではないかと思う。
結局のところ「舞鶴千夜/天道静香」が絡む限り私たちと主催者は共存関係。だから元々の話合いでは第一局だけという前提だった「記念写真のための準備」が、第三局以降にも続くことになってしまった。
第二局? 明日には前夜祭だから無理。
なお私たちは天道さんのことしか関与しないので、負けた場合は準備が無駄になるけれどそれは仕方がない。その場合は主催者にそのまま任せれば良い。勝った場合で主催者案そのままでも別に構わないけれど、可能な限りの手配を私がすることになった。
幸いなことに場所はもう決まっているので取り得る選択肢は多くない。今はその制約があることがありがたい。
第二局の会場は仙台。勝った場合の記念写真案は「牛タンの串を大きな口を開けて食べる」とのこと。そして第三局は札幌の雪まつりでポーズ。真冬なのに北国が続くのか。札幌での第三局の案をどこまでブラッシュアップできるかをこれから考えないといけない。
3日後、思わぬところから突っ込みが入った。第二局の勝者が主催の新聞社の担当の方にこう聞いたのだ。
「えっと、串を頬張るだけでいいんですか?」
えっ? 天道さん? 私と新聞社の担当者は顔を見合わせた。
「いやそれだけだと面白くないかな、と思って。かぶりものとか、そういうのが必要ではないでしょうか? でも今からだと用意するのは難しそうですね……プリクラ風にするとか、CGで牛耳にするとかやってみます? そうだ、ご当地キャラをCGで入れましょうよ、西さん? どうですか?」
えっ? 私?
結局私は半日で権利関係を片付けた。今では有名になり過ぎて東北のご当地キャラ、という感じがしなくなったのだけど、「ずんだ餅」をモチーフにしたキャラクターを入れることができた。主催の新聞社が東北六県の会社だったら無料で商用利用できたのだけど今回は違う。
会場が仙台だということと、コラボ先が新聞社と将棋連盟という極めてまっとうな組織であること、そして被写体である天道静香自身が望んでいるということを伝えたら、先方から了承を得ることができた。私は頑張ったと思う。
翌朝の新聞には、美味しそうに牛タンの串を頬張っている静香さんと、それを隣で羨ましそうに見ているキャラが「僕も食べたいのだ」と話しているCGがオーバーラップされた写真を掲載することができた。イジワルそうな笑顔で誰もいないところに視線を向ける天道さんはさすがだ。
天道さんや沙菜さんからは感謝されたし、各方面からの評価もとても良かったのでその甲斐はあったと思う。でも第七局まで続くのは止めて欲しい。このままストレートで奪取して欲しいと思った。