279.記念撮影会(1)
静香はスタッフに訊ねないわけにはいかなかった。
「これ、私が負けたら小田桐先生がこれを着ることになってたのですか?」
お化粧と髪を整える合間に静香は聞いてみた。もしそうだったとしたらあまりにも罰ゲームすぎるだろう。
「いや流石にそれはないですよ。小田桐先生の場合は和装の『傾奇者』の衣裳をご用意させて頂いておりました」
かぶきもの……確かに小田桐先生のその姿は見たい気もするが、このネタは明らかに静香が勝つことを意識していたはずだ。だって舞妓さんだよ? 濃い和風メイクと着付けで30分強の時間が必要。もちろん半かつらを使う前提でそれだ。静香のように和装やメイクに慣れていなければもっと時間がかかるのでは? まあ贅沢な悩みというものですね。
これで将棋と静香と千夜の人気が上がるのであれば安いものだ。この仕事は完全に静香の仕事だし、和装だってどちらかというと静香の領分だけど、舞妓さんのコスプレは千夜の領域に入っていると思うの。
化粧の仕上げに唇に朱を塗って、半かつらに花かんざしを挿し、豪華な和装に着替えて出来上がり。静香は地毛でも日本髪に結い上げることができるけど今日は時間短縮のため半かつら。そしてタイトル戦などで着る普通の振袖とは違い、背中には「だらりの帯」を付ける。文字通りだらりと下がる舞妓さん特有の帯です。このコスプレでも全部合わせれば10kgあると聞いたけど驚かない。
帯留には「ぼっちり」を付ける。舞妓さんのアクセサリーで宝石とか使ってるらしいです。当然高価なので本物の舞妓さんは「ぼっちり」を傷つけないような倒れ方までマスターするんですってよ。だって歩きにくいからね。
なぜ歩きにくいかというと履物が高さ10cmもある「おこぼ」という草履だから。静香が履いたら180cmを超えてしまう。これを履いて完成する。
冬の京都はメチャメチャ寒い。着物の上に厚手の羽織をかぶっても服の中に風が入ってくる。素直にあったか下着を着てカイロを貼るべきだった。でも静香は頑張って姿勢を真っ直ぐに保って歩く。この手の本職の千夜がインストールされた静香でも「おこぼ」で歩くのは難易度が高いです。本職の人は凄いですよね。
髪は地毛じゃないけど、着物や帯はむしろ豪華だし「ぼっちり」も本物。保険とか入ってるかちゃんと聞いておけばよかった。
そしてこの格好で祇園の街角で大きな将棋の駒を持ってポーズをつけます。将棋の駒が無いとただのコスプレですからね。もちろん駒は「玉将」です。
そして記念写真を撮ります。繰り返しますがこれは罰ゲームではなくて撮影会なのです。撮影を始めた途端にマナーの悪い人が了解も取らずにスマホを向けてきます。本物の舞妓さんを撮るのはマナー違反ですし、もちろん舞妓体験中の方を撮るのも本人の了解が無い限りダメです。当たり前にNGです。
ですが今回に限ってはOKです。
ひとりが撮り始めて静香もスタッフも何も言わないのを見て、周囲の他の通行人たちもパシャパシャ撮ってきます。将棋の駒を持っていても、この衣装とメイクのインパクトが大きいので、彼らが静香だと気が付いているのかははなはだ怪しいです。
「すいません。その将棋の駒を置いてもらっていいですか?」
やっぱりみなさん気ぃついてはりませんなぁ。 でもこれが無いと駄目だから置きませんよ。いけずしてごめんえ。
でも羽織は脱ぐ。そうしないとせっかくの「だらりの帯」 も見えないのです。脱いでからようやく、先ほどまで頼りにならないと思っていた羽織が実は随分と有能だったことに静香は気が付いた。寒いけど仕事だから頑張る。静香は羽織を脱いだ後もポーズを付ける。豪華な帯で彩られた後ろ姿も撮ってもらう。
「玉将」が見えなくなったからかむしろスマホの撮影音がうるさくなった気がするのは気のせい?
メイクを落として普段着で新幹線に乗ってからネットを見た。そしてニュースに取り上げられていたのを見て安心した。ちゃんと静香だと気が付いてくれた人がSNSに上げてくれたみたい。
あれだけ将棋の駒をアピールしたのに、誰も気が付かなかったとしたら悲しすぎる。いろんなサイトが取り上げてくれているが、中には「将棋の駒を持つ舞鶴千夜」というタイトルを付けている記事もある。
いや海外ニュースは仕方がない。国内でも一般の方は仕方がないけれど、プレスなら気を付けて「静香」に統一して欲しいところ。「玉将のタイトルに挑戦中の天道静香二冠」と入れてくれているところは素晴らしい。
次の日、主催者である新聞社のサイトには、化粧前、化粧中、室内でポーズを付けているところなどの静香の写真も一緒に掲載されていた。こんなのにスペースを使っても大丈夫なのだろうか?
いやありがたいのだけど、これ本当に負けてたらどうしてたんでしょうね。普通に考えて負ける可能性の方が高いはずだし……小田桐玉将には申し訳ないけれどそんなことを思ってしまう。
そしてまさかこの後の罰ゲ、もとい「記念撮影」もこんな調子で続くのはちょっと困るなと、静香は少し心配になった。
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競馬ものです。弱小馬主が自分の人生を変える馬と女性に巡り合うお話。




