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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
前編:高校生編
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28.静香の教室

月曜日、静香はこれまでと違って、明石さんの車で学校へと向かった。さすがに一昨日、あんな記者会見をしたので、これからは車通学の方がよいというのが明石さんの意見だった。静香は必要ないと思いますよ、と言ったが明石さんは絶対にこれまでのように電車に乗らないでください、と譲らなかった。このかたくなな明石さんを説得するのも面倒だし、考えて見ると車通学というのもそう悪くないと静香は思った。


明石さんはあの会見の後、校長から車通学の許可と学校の裏門の暗証番号を聞いておいたのだという。車通勤の教師たちが使う入口で生徒には知らされていない番号だ。どうやらあの会見の時に、鎌プロの社長が校長先生に頼んでくれたのだという。本当に事務所にはお世話になります。


なお静香は半信半疑だったので、途中で学校の正面前を車で通ってもらったら、それなりの人だかりができていて、マスコミ関係者らしき姿もあった。たまたま静香とは別案件という可能性も無くはないが……さすがにないよね。


自分を待ち構えている人たちがいると思うと、静香にはあそこの前を通る自信はない。明石さんに送ってもらってよかったと心から思った。


裏門から車のまま学校の敷地内に入り、明石さんに礼を言って、静香はおそるおそる教室に向かった。だが教室に着くまでの間、すれ違う生徒たちにあまり反応がないことに拍子抜けした。校門前と校内の反応の差は何だろう?


戸惑いながら2年3組の教室に入ると、拍手と歓声で迎えられた。進学校の教室でなければクラッカーが鳴らされていたかもしれない。普段話す女子たちよりも、滅多に話さない男子がはしゃいでいる。静香は入口に立ったまま拍手が収まるのを黙ってじっと待った。そのうち後ろに別のクラスメイトが来た。多分邪魔だと思っているだろう。ある程度静かになったタイミングを見計らう。


「おはよ」


静香はいつもよりは多少大きな声でボソっと挨拶をして、自分の席に向かった。すると男子生徒たちも何かを諦めたのか、それぞれの席に大人しく戻って行った。傾向が良くわからない。正門前は混雑。学校内は静かで、教室の男子たちは沸き立っていた。女子はどうだろう?


「ねえねえ、静香って本当に舞鶴千夜なの?」


席に座ると、いつも親しくしている友達が声を掛けてきた。


「まぁ、そうね」


友人たちが、おおっと声をあげる。


「そう、今日は正門前も人だかりがすごかったからね。私も通る時にジロジロみられて嫌な気分になったわ。静香を探せ、みたいな状態ね。今日はどうやって入ったの?」


静香は今日は車で送ってもらったと正直に答えた。


「へー。私も車で送り迎えして欲しいなあ。さておき今、目の前に映画の主演女優がいる、とはとても思えないわ。ホンモノ?」


この遠慮のなさが静香には嬉しかった。


「まあ。多分他の俳優さんもこんなんじゃないかな?」


静香の言葉に友人たちが騒ぐ。


「絶対優ちゃんは違うと思う」


「由美ちゃんも違うよね」


勝手に盛り上がり始めた友人たちを見ながら、静香も実際そうだと思うが黙っておいた。


「えっと静香はすごいと思うんだけど、こうやって目の前にしても女優とか歌手だっていうのは、非現実的な感じでなんというか驚きようがないわね。この前三段になったって聞いた時は、静香ってこんなにすごいんだ、って現実感があってびっくりしたな」


そういう見方もあるよね。


「まあ、人それぞれよね」


静香がそう言うと、その後は別の話になった。そしていつものようにホームルームが、そしていつものように授業が始まった。



そんないつもの学園生活が破られたのは昼休みだ。静香が友人と楽しく語らいながらお弁当を食べていた。食事中の話題にはこれまでなかった、芸能人の話が混じったりはしたがその程度だった。


当然鳥居由美ちゃんにも会ったことがあるんだよね? うん、実は今も結構連絡取り合ってるよ。いいなあ。みたいな。


だがご飯を食べ終わった頃に、別のクラスの生徒が静香の元にやってきた。


「天道さんすいません。2年1組の船井と言います。文化祭の実行委員長をしています」


そういえばそろそろ中間考査が忍び寄ってきていて、その2週間後には文化祭がある。もうそろそろクラスと将棋部の出し物も決まるはずだけど、その前になにやら不穏な空気が流れ始めてきた。私に何をやらせるつもりなのだろう?


「はい。なんでしょうか?」


静香は意図的に渋い顔をしたが、相手は(ひるんでくれなかった。


「実は天道さんにお願いがあります。今回の文化祭の目玉企画として、舞鶴千夜のミニコンサートを実施できればと思っています。同じ学校のよしみで考えてもらえませんか?」


ステージの予定がまだ決まっていないとは思えないけれど、そこを無理やり調整しようというのだろう。そうだよねえ、そう考える人は絶対いるよねえ。すいません、と頭を下げながら静香が言った。


「舞鶴千夜の話になると事務所を通してもらわないといけなくなります。そういう契約なので」


それを聞くと相手は明らかに落ち込んだ。事務所、契約、それらの冷たい語感には例え進学校の生徒であっても高校生は立ちすくんでしまう。


「えーっ。静香が歌っているところ聞きたいなって思ってたのに」


「そうよ。私たちにも聞かせてよ」


静香と一緒にご飯を食べていた友人たちがやんややんや言い出した。そうやって他人事だと思ってすぐに悪乗りするんだから。


「だからさっき言ったように、『舞鶴千夜』はダメ? わかった?」


実行委員の人の表情が明るくなったので理解してもらえたことが静香にはわかった。

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