277.木枯らし(9)
玉将リーグを制したとは言え重要な棋戦はまだまだ続く。年末が近くなると順位戦も佳境に入っていて、今日の第10局は抜け番がまだの櫛木さんが9勝無敗、抜け番済の静香が8勝無敗という全勝同士の大一番。
現時点では3位が6勝2敗、4位が5勝3敗なので今日櫛木さんに勝てればA級昇級が視野に入る。とはいえ持ち時間6時間と長く後手なのも不利だけど、この前玉将リーグでは負けているので連敗は避けたいところ。
櫛木さんは5手目に6八玉と上げた。まあそれほどおかしくは無いけど警戒は必要。そして15手目に3四飛と横歩を取った。ここから攻めるなら8八角成と角交換に入るか、飛車先の歩を突く。あるいは守りを固めるかだけど、最近静香は積極的に角交換しているので今日は自重、16手目は4二玉として守りを固めた。その方が櫛木さんの研究を外せると思う。
でも結局、やっぱり飛車先の歩の交換をしてから24手目に8八角成と角交換 。取 った角を即座に2八へと打ち込む、銀が3八にいるからだけど1九の香車を取って成るしかないという狭いところに打った。もちろん香が逃げてくれた場合でも1九角成だけどそうなるとこちらが有利になる仕組みです。
でも流石は櫛木さん。ここでじっくり時間を使って静香が一番嫌な手を指してくる。27手目3二飛成。これは同玉しかなくて、取られた金を1八に打たれて角が詰んだ。30手目1九角成、同金。
静香は初期位置に戻った飛車と駒台に飛車。櫛木さんの駒台には角が2枚。怖いなあ。
その後は静かな展開が続いた。44手目に5四に香を打って攻める準備をする。48手目に5七香成で初王手。同玉の後6九に飛車を打って、5八に金は逃げられたけど、8九飛成と竜を作る。7九に香を打たれて、金底の香(7六に歩がいるから歩は打てない)状態で竜の利きは悪くなるけどそれは仕方がない。
そのまま54手目に6五桂打として王手銀取りをかける。当然同歩だけど同桂で再王手今度は逃げるしかない。7七桂成で銀をもらって、なおかつ同金と竜の邪魔だった金をどけたところで7九竜と香車を貰う。
そこからは攻め合いになった。
61手目から6六角、5四香、5六歩、9九龍、1一角成と馬を作られる。その馬を詰ませようと2二銀からしかけたけれど、1二馬、1一銀打、2四桂。これは王手なので同歩で取るしかないので馬に逃げられる。そのまま少しずつ不利になっていく。どこかで打破したいところ。
そして95手目から様相が変わった。3三歩成、同銀、同香成、同桂。101手目の5五歩、同銀、同角、同龍から5六銀打、5七角の後、同金、同桂成、同馬。
95手目の段階では静香の駒台には桂馬が2枚、歩が3枚。櫛木さんには香車が2枚、歩が1枚乗っていた。合計8枚。
これが109手目には、静香の駒台が金、桂馬2枚、香車、歩が5枚。角、銀、桂馬、香車が2枚と合わせて14枚が駒台にのっている。合わせて40枚しかない駒の3割以上が駒台に乗っている。4五桂、1三馬とさらに歩を取りあった後、5七金から同馬、同桂成、同玉。どんどん盤上の駒が減っていく。
ほぼ半分の駒が盤上から消え、互いの駒台には所狭しと煌びやかな駒が並ぶ消耗戦になった。
その後もお互いにところどころ考えながら攻撃を続けて、途中かなりまずい感じもしたけれど136手目の同玉で相手の竜を取ったところで櫛木さんがしばらく考えた後投了した。
勝った。これで9勝無敗。残り3戦のうち1勝すればA級昇格。まあ油断はできないけれどここまでは上出来きと考えて良いんじゃないかな?
「天道さんは気が付いてましたか?」
感想戦で櫛木さんに聞かれたけれど何のことかわからなかった。
「えっと?」
静香が聞き返すと131手目まで櫛木さんが手を戻した。
「僕はここで桂で王手しました」
静香はうなずいた。
「ここはこうでしたね」
櫛木さんが3一飛成とした。
静香は5一銀で受ける。7一金、6二玉、7二金、同飛、同金、同玉、7三香、8三玉。
ここまできたら静香も気が付いた。この時点で27手詰め。つまりあの時点で37手詰めだったってことだ。
櫛木さんが間違えたから静香は勝つことができた。本当に危なかった。
「全然気が付かなかったですね」
「じゃあお互い様ですね」
そう櫛木さんが苦笑した。櫛木さんが投了したのは詰みを逃したからなのだろう。まあ投了した時点でもう櫛木さんには無理攻めするしかなかったので投了の判断は間違ってなかったけれど。
実際のところ、本当に最善手を打ち続けることなんて人間には無理なのだけれど、それでも不思議の勝ちってことだな、と静香は思った。
帰ってからAIにかけたら、123手目で27手詰めでした……その後にも詰み筋があったので静香は何度も負けていたことになる。122手目の4六桂は4九にいる相手玉へのプレッシャーになると考えていたけど、実は大悪手だったみたいです。まだまだですね……。