274.木枯らし(6)
その後千夜と「食いだめ専門店」のふたりが向かい合うようにセットされた椅子に腰かけた。そして田中が千夜と客席にあるカメラの中間あたりを見ながら話し始めた。
「さてさて、舞鶴さん、今日は昨日のゲスト、鳥居由美さんからのご紹介で来ていただきました」
さすがに客席の皆さまはご存じのはずだが、これは生放送。昨日由美ちゃんが紹介してくれたのを知らない視聴者の皆さまも数多くいらっしゃるはずだからそれを強調しているのだろう。
「昨日の鳥居さん、ほんまに綺麗でしっかりした人やったなぁ。舞鶴さんとは何度か共演してるんやって?」
コンビふたりの息はしっかりと合っている。千夜は少し照れたように笑いながら口を開く。
「はい、実は由美ちゃんとは何度もご一緒させていただいてます。最初に共演した時は私がデビューして半年、初めての映画に出た時でした」
よく由美ちゃんの事務所は出演にOKを出したな。今でも千夜はそう思う。
「だから私、演技がとてもぎこちなくて……由美ちゃんは子役の頃からずっとお芝居されてるので、撮影現場でもすごく頼りになる存在でした」
田中が千夜をイジる。
「へえ、鳥居さん、昨日も『最初の千夜ちゃんはすごく緊張してて面白かった』 そう言うてはったで」
千夜は苦笑を浮かべる。ちょっとわざとらしいか?
「本当にその通りなんですよね。カメラの前でセリフが飛んじゃったときも、由美ちゃんがさりげなくフォローしてくれて。由美ちゃんがいなかったらどうなってたか……今でも感謝してます」
千夜は素直に由美ちゃんへの感謝を告げた。実際ものすごくお世話になった。あの後も何度も共演しているし。
「鳥居さんは子役上がりやから現場の空気読むのも上手いし、頼りになるやろ?」
山本がそう続けたので、千夜はうなずいた。
「はい。私が不安そうにしてると、そっと声をかけてくれたり、休憩中に一緒に台本を読んでくれたりして。本当に助けられました」
もうちょっと具体的に言っておくか。
「例えば映画って、同じ場所でのシーンをまとめて撮るんですよ。お芝居のように物語の順番には撮影しないんです。だから初めての時は全然勝手がわからなくて」
「俺らも来月ハリウッド進出するから勉強になるわ」
「まず日本で映画に出れるようにならなあかんな」
上手い合いの手を入れてくれるので、千夜はスムーズに話を続ける。
「今でも共演するたびに新しいことを学ばせてもらってます」
そう言って締めくくる。観客席からも温かい拍手が起こり、スタジオが和やかな雰囲気になったのを感じた。
その後共通の知り合い、例えば歌手の人とかね、で盛り上がった後、またスタッフがカンペを出した。
「舞鶴さん、今度主演映画が公開されるんやって? ハリウッド映画やろ? すごいなぁ」
「お前、最初から何度もハリウッドハリウッド言うてたやん」
千夜は少し照れた表情を浮かべながら答える。
「ありがとうございます。今回の映画はヒューマンドラマで、恋人と夢について描かれた作品なんです。私が演じるのは、異国で夢を追いかける若い女性の役で、実は撮影のほとんどがハリウッドのスタジオだったんです」
ロケもしたがほぼスタジオ。
「ええなぁ~。共演者もハリウッドスターやろ? 英語で喋るの、緊張せえへんかったん?」
「このお方、もう何回あちらの映画で主演したはると思っとんねん」
千夜はふたりのやりとりに苦笑しながら答える。
「最初は本当に緊張しました。漫才もそうだと思うんですが、現場に入った初日はやっぱり緊張しますよね」
「俺は緊張せえへんけどな」
「嘘つけ。この前お前、台本頭から飛んでたやんけ」
千夜は自分の話を続ける。そうしろとふたりの目が言ってる。
「でも、皆さんすごく優しくて、撮影の合間にジョークを言って場を和ませてくれまるんですよ」
「やっぱりええ役者さんは人格もええ人多いな。舞鶴さんも英語ペラペラやから、すぐ仲良くなれたんちゃう?」
まあ、元々の知り合いも多いからなあ。
「いえいえ、まだまだ勉強中です。でも今回の映画の主題歌、自分で英語で作詞作曲しました。言葉の壁を越えて伝えたいことがたくさんあったので」
「主題歌も自分で作ったんや! ほんま、頭ん中どないなってんの? 女優も歌手もやって、しかも英語でて」
絶対知ってるだろ? 千夜がそれ以外にもいろいろしていることも。
「ありがとうございます。主題歌には主人公の気持ちをそのまま歌に込めたくて、何度も書き直しました。実は現場で共演者の皆さんにも聴いてもらって、アドバイスをもらったりもしたんです」
実際には既に最初の録音は終わっていたけど、意見を聞いて修正したところもあるから嘘ではない。
「現場の雰囲気もええ感じやったんやな。撮影中、何か面白いエピソードとかあった?」
千夜は少し現場を思い出す。
「そうですね。実は監督が日本語に興味を持ってくれて、私が教えた『お疲れ様です』を毎日言ってくれるようになったんです。最初は何を言っているのかわからなくて、後で大笑いしました」
「それは盛り上がるやろな。映画も主題歌も楽しみやなぁ」
「ありがとうございます。ぜひ皆さんも映画館に足を運んで観ていただけたら嬉しいです」
カメラ目線がバッチリ決まった、と思う。モニターが遠くてよくわからない。
そこでエンディングの音楽が流れ始めた。
「いや、舞鶴さん、今日はほんまに楽しい話いっぱい聞かせてもろて、ありがとうございました」
「映画の裏話も主題歌の話も、めっちゃおもろかったですわ。公開が楽しみやね」
いえいえ映画の宣伝ありがとうございます。
「こちらこそ、番組に呼んで頂いてありがとうございました。とても楽しかったです」
「さて、そろそろお時間です。明日のゲストも、これまたすごい方やで!」
ここからもまた千夜の見せ場だ。千夜は目いっぱいの笑顔を浮かべる。
「はい、明日のゲストはですね。ちょっと私とは複雑な関係なんですが、将棋の女性棋士、天道静香です」
ええっ、という嬉しそうな声が客席から届く。それって誰? とか言われたら泣いちゃうかもしれない。
「天道さんは現時点で唯一の女性棋士、しかもタイトルをふたつも持っている最強棋士のひとりですよね」
「そうなんですか?」
千夜はわざとらしく首を傾けた。できるだけあざとく。また客席から笑い起きた。
「ほな、今日の『「食いだめ専門店」の今日のお昼ご飯』はここまで。また明日、お会いしましょう!」
「ありがとうございました!」
本当にありがとうございました。明日もよろしくお願いします。