273.木枯らし(5)
スタジオの照明が点灯すると、舞台がぱっと明るくなり客席から拍手が湧き起こる。
舞台中央には人気若手漫才師コンビ「食いだめ専門店」の田中と山本のふたりがラフな衣装で立ち、客席に向かってにこやかに手を振る。
「みなさん、こんにちは! 『食いだめ専門店』の田中なおきです」
ふたりは漫才師特有の関西弁風のイントネーションで挨拶を始める。
「山本ゆうきです。今日も平日のお昼からみなさんよう集まってくれはりましたなぁ。ありがとうございます」
流石はこの若さでお昼の帯番組(平日毎日同じ時間帯にある番組)の司会に抜擢されるだけはある。このお決まりの挨拶だけで客席が盛り上がる。
「ほんまやねえ。今日もよろしくお願いします」
田中が客席に向かって大きく手を振ると、山本がすかさず横から口を挟む。
「いやぁ、最近涼しなったなと思ったら、今日はメチャ暑いな。外歩いてたら、ふにゃふにゃに溶けてまいそうやったわ」
「ほんまやで。俺かてな、駅からここまでで3回くらいアイス食べたわ。……全部口に入る前に溶けてしもたけどな」
「あほか」
観客席から笑いが起こる。田中と山本は目を合わせてお互いにアイコンタクトをする。
「昨日のゲスト、鳥居さんも見てくれたはるかな? めっちゃ美人さんやったなぁ」
「そら天下の鳥居由美様やで。芸歴俺らの何倍あるんやろな」
「なんかそれ、逆に失礼なんちゃう? 俺らより若いて、な?」
「俺、別に年齢の話なんかしてへんで? 失礼なんはお前の方やろ」
田中と山本の軽快なやりとりが続く。客席のあちこちから小さな笑いが漏れる。
「せやけどあの笑顔、俺にも向けて欲しいわ。できればプライベートで、って無理か!」
またひとしきり笑いが広がる。田中がスタッフが持つカンペをちらりと見て、弾んだ声を出す。
「しやけどな、今日のゲストも由美ちゃんに負けてへんで! 世界で活躍する、あの女優さんやで」
「せやね。若手の超美人大物女優さんと連日でお話できる。いやあ、俺が羨ましいわ」
「どういう文脈やねん。せやけど女優さんでええんかな。かんなりいろんなことやって、マルチに活躍したはるよな」
「せやな。でもまあ今日はええやろ。女優とて来てくれたはるんやから」
田中と山本のふたりが再度アイコンタクトを交わす。ふたりは少しの間黙って、客席の反応を窺う。お笑い芸人ならではの絶妙のタイミングの取り方。
「ほな、さっそくいきましょか。本日のゲスト、舞鶴千夜さんです!」
「食いだめ専門店」のふたりが声を揃えると、スタジオに明るい音楽が流れ、観客席から大きな拍手が起こる。千夜は舞台袖から営業用の笑顔を浮かべてゆっくりと歩きだす。ルイッチの新作で、秋らしい落ち着いた上品なワンピース。照明のせいでちょっと暑いけど我慢して笑顔をキープ。小さく観客に手を振りながらゆっくり歩く。
客席から「千夜ちゃーん」という黄色い声が飛んだので、千夜はそちらにも小さく手を振る。
ステージ中央に来て司会の「食いだめ専門店」 のふたりに会釈をしてから、観客に向かって今度は大きく手を振る。
「みなさんこんにちは、舞鶴千夜です。今日はよろしくお願いします」
そう言ってから今度は客席とカメラに向かって大きくお辞儀する。千夜の挨拶に、再び客席から拍手が湧く。田中がさっそく話しかけてくる。
「いやぁ、舞鶴千夜さん、ほんまによう来てくれはったんやなぁ! 生で見ると、やっぱりオーラがちゃうわ!」
山本もすかさず相方に乗っかる。
「せやね、スクリーンで見るよりもキレイやわ。うちの相方、さっきから緊張して手汗すごいことなっとんねんで!」
ここでテレビと言わずスクリーンと言ってくれるのはさすがだと千夜は思う。千夜は今日、映画の宣伝のためにここに来たからだ。
観客の笑い声の中で、千夜は少し照れたように笑顔をコントロールしながら返す。
「そんなこと言われると、私も緊張しちゃいますよ。でも、今日は楽しみにしてきました」
「おお、ありがたいことやなあ。昨日も今日もだいぶ目の保養になったわ。明日からしばらく番組休もかな」
「おい」
山本が田中にすぐに突っ込みを入れる。
「だってハリウッド女優様やで。これまで他の番組でも会ったことないやろ?」
「ないない。そらそやわ」
千夜はわざとらしく肩をすくめた。メインはテレビの向こうだけど、観客席には後ろの方までお客様がいらっしゃるからね。大きな演技が必要だ。
「まだまだ慣れてないですけど、今日はよろしくお願いします」
そう自然体に見えるように返すと、スタジオの空気が和み、観客も司会も舞鶴千夜の登場を心から歓迎している雰囲気が広がった。よしよし掴みはいい感じ。このまま上手く映画を宣伝したいところ。
千夜は静かに気合を入れた。