269.木枯らし(1)
天道静香は順位戦ではB級1組に所属している。定員は13人、1年かけて総当たりで対局し、上位2人がA級に昇級し、下位3人がB2に降級する。A級の定員は10人。女流順位戦の場合A級、B級ともに定員は10人で、C級だと20人になる。一般的に人数が少ない程リーグ戦のレベルが高いと言える。
ではA級が一番人数が少ないリーグかと言うと実はそうではない。最も少人数なリーグは玉将戦の挑戦者決定リーグで定員はわずか7人。そのうち最上位者がタイトルに挑戦し、下位3人はリーグに残れない。勝利数が同じだった場合、挑戦者の決定には両者による決定戦が設けられる。リーグ落ちは順位戦や三段リーグと同じように前年度の順位による。
昨年の静香がまさにそのパターンで、せっかく予選を勝ち抜いたのにリーグ戦で負け越し、同じ勝ち星なのにリーグから陥落、今年は二次予選から参加した。こうして2年連続で予選を勝ち抜いてリーグ戦に入れたのは運も味方してくれたと言うべきだけど、今年もリーグに残れる自信はあまりない。
だって7人しかいないからメンバーが凄い。現在三冠を持つ櫛木竜帝。先日静香に一つタイトルを奪われた御厨名人(二冠)。失陥したとは言え元二冠で、最近復調気味の月影先生。櫛木さんの兄弟子の野々原さん。静香も含め20代の棋士が4人、10代ひとりという、若手棋士が非常に多い。あれ、御厨先生と月影先生は今年30歳になるんだっけ? もうなってる?
そこに30代の海老沢先生と40代の早蕨先生。このふたりを加えても7人の平均年齢はこれまでの玉将戦リーグの歴史の中でも一番低い。
今年予選を勝ち抜いたのが静香と櫛木さんと野々原さん。そして御厨先生が去年小田桐先生に負けて今年はリーグに参加しているからこのような現象が起きた。ここにいるメンバーは全員静香に勝ったことがある人たちだ。
もちろん静香だってこのリーグの参加者全員に勝ったことがある。というか通算成績だと静香が勝ち越しているはず。ただしそれは静香が持ち時間の短い一般棋戦で多く勝ちを拾っているから。
棋士には棋戦によって向き不向きがであって、静香は持ち時間の短い一般棋戦で好成績を残している。翻ってこの玉将リーグは持ち時間が4時間ある。
もし静香がこの強豪を押しのけて、タイトル戦に進んだとしよう。その場合は現在のタイトルホルダーである小田桐玉将と、持ち時間8時間の2日制の対局に挑むことになる。
2日制ということは当然あれがある。そう封じ手。確かにあれはやってみたい。静香はまだ正副立会人の経験もない。今は二冠になったので、そのうちそのような仕事も回ってくるはずだけど、時間がないからなあ。
そして2日制ということは検分や前夜祭、そして玉将戦特有の、一部の界隈では罰ゲームとも言われるユニークな記念撮影も勝者にはある。さらに開催地が遠隔地であればトータル一局に4~5日の拘束期間が必要ということになる。さらにさらに玉将戦は7番勝負だからフルセットまで行った場合は、最大30日ぐらい必要になるかもしれない。玉将戦は第7局でも将棋会館じゃなくて誘致して頂いた会場で実施することが多い。
正直これ、明石さんはじめ千夜担の皆様は勝ち抜いて欲しくないんじゃない? 冬学期の試験期間と思いっきり重なってるし静香の大学の成績にも影響しそうな気がする……。この時期は夕陽杯もあるから試験期間を外してスケジュールするのは無理なのでは?
だがそれは贅沢な悩みという奴だ。プロでもアマでも棋士たるもの、勝利を狙うのが当たり前。そもそもこの錚々たるメンバーに勝たなければタイトル戦に臨めないのだから皮算用、あるいは要らぬ心配というべきものだろう。
まずは目の前の一局一局に全力を尽くすしかない……だが対局と同じぐらい重要なものがある。それはもちろん普及活動だ。
これは静香の得意分野でもある。普段あまり貢献できていないところがあるのでこちらに力を入れたいと思っている。ちょうど良い機会が千夜の仕事としてあるからだ。
夏に渡米して撮影した映画の編集作業が順調ということで、あちらのサンクスギビングデーに合わせて封切りが予定されている。その宣伝のために千夜は様々なメディアに露出する義務がある。当然事務所もそれを後押ししてくれる。明石さんによると国内はもちろん海外の各媒体にも声をかけているらしいので、いろんなところに千夜は出ずっぱりになるはず。
千夜が国外に出る予定はなく、申し訳ないけれどアメリカで行われる試写会にも千夜はビデオメッセージを送るだけ。でも宣伝という意味では国内は当たり前だけど海外のテレビ局、新聞社、それに通信社だって東京に支部や支局を持つメディアは多い。最後の「通信社」は電話ではなくて、トムソン通信、ハーバー通信、UAP社の方ね。もちろんプラスドクリップなどの動画サイトやSNSも千夜の守備範囲だ。
その千夜の映画の宣伝の中で、もらえる時間や記事のスペースは貴重だけど、その中に夏にリリースしたアルバムの話もさせてもらう。同じように静香のお仕事についての普及も抱き合わせでさせて頂きたいと、鎌プロから各社に伝えてもらっている。
千夜担のみんなが上手くやってくれたのだろう、結構な放送時間や記事の枠が必要になるけれど、西さんによると各社の感触は悪くないそうなので映画以外の事も宣伝できるはずだと聞いている。
シナジーと言えばいいのかな? いろんな仕事を組み合わせてできるのは千夜・静香の強みだと思う。
もうひとつ棋士のお仕事には後進の育成もあるけれど、それは静香にはまだ早いと思っている。あと20年後ぐらい先かな? もっと後になるかな?