267.ペンギンシアター(6)
千代の予想したようにローガンの話が続く
『じゃあシュタインメッツも無理か?』
シュタインメッツは破魔矢さんとしのぎを削る世界的なアメリカのピアノメーカー。アップライトも作っているけど絶対グランドピアノだろう。当然無理。
千夜は首を振った。ローガンは大げさなため息をついた。
おそらくローガンも無理だと思っているはずなのに、なぜドラムセットやグランドピアノをトラックで運んできたのだろう。専用の業者を使っているだろうけれど、それでも楽器に良くないよね? 嫌がらせか?
千代は確かにローガンにただで名曲を作ってもらった。「ただ」というのは千代や鎌プロがお金を払ってないというだけで、売上に応じた印税は当然ローガンの懐に入っている。
その後セルフカバーもしているから、ローガンも千代も双方のファンもにっこりの良いとこずくめだったはず。
『ドラムやピアノを使うなら今回のセットのものを使ってください。あなたが言うなら、みな席を譲るでしょう』
千夜の提案はあっさり否決される
『あまり人様のものは使いたくないんだよな』
ピアノもドラムも備え付けが当たり前だよね? このクラスの人ミュージシャンは違うのかもしれないが。
『仕方がない。もっとキュートな楽器を使うことにするよ。いくつか舞台に置かせてもらうけどいいよね』
『モノと数によりますね』
ローガンが並べた楽器はいずれも手で運べるサイズのものだった。でも数がねぇ。
『持ち込む数ですけど、4分の1ぐらいになりませんか?』
『じゃあ半分で手を打とう』
しまった。3つだけとか言っておけば良かった。
結論から言うとライブはとても盛り上がった。ローガンはテナーサックスの名手として知られているけれど、初日のダニーへの対抗心からかソプラノサックスを多用した。
ソプラノサックスは名前の通り音域が高いがそれだけじゃない。テナーの力強さと差別化するためだろう、繊細さと華麗さを前面に押し出してきた。ジャズマンらしく即興性の高さを活かし、高音域で超絶技巧をこれでもかと響かせる。
ソプラノサックスは音域の高さゆえに、肺活量は少なくても済むけどその分アンブシュア、つまり口のコントロールが難しくなる。でもこの人はもっと高いソプラニッシモでも自在に操れる人だから全然苦にならないのだろう。
そしてしばらくソプラノサックスを使っていたけれど、曲によっては別の楽器も使った。持ち込んだトランペットやフルート、クラリネット、それにダブルベースはもちろん、結局ピアニストやドラマーを押しのけて、その多才っぷりを見せつけた。ライブを壊すような事はしなかったけど、こんなお化けみたいな人の即興に振り回されるのは勘弁して頂きたい。
ゲストで呼ばれておきながら、ひとつのセクションの中にで変拍子てんこ盛りで超絶ドラミングをひけらかすのはアーティストとして終わってない? ボーカルレスの曲じゃないんだよ? こんな人に振り回されながらもついていったバックミュージシャンを褒め称えたい気分になった。ライブ中に即興で仕返しもしたけど、あっさり対応して返された。
テクニックもメンタルも強靭すぎる。
でも結果的に客席はとても湧いたから良しとするべきなのだろう。
『今日の俺のパフォーマンスは語り継がれるんじゃないか?』
控室に戻って最初の発言がそれ。あれだけ好き放題暴れた感想がそれか?
『プロモーターからもらったメンバーリストに、知った名前がちらほらあったから信頼していたよ。実際いいライブになっただろ?』
まとめるのにものすごく頑張る必要があったんですよ? 観客に笑顔を向けながら冷や汗かいてたんですけど?
『チヨが良いジャズプレイヤーだと、俺だけはずっと前からわかっていた。今夜のライブでチヨもジャズプレイヤーとしての覚悟ができたんじゃない?』
これはずるい。この人に褒められると本気にしてしまう。
『音楽はすべからく素晴らしいけれど、やはりどれかジャンルをひとつと言えばジャズだ。いいライブができたし、若手を育てるのは気分がいいね』
えっ? こんな無茶ぶりで私を育てたつもりなの? 他人のライブで弾けて楽しんだだけでしょ? いい加減にして欲しい。誰だよこの人にオファーしたの。
結果的にペンギンシアターは3夜とも大いに盛り上がり、お客様方には満足して帰って頂けたと思う。日本に帰ってから明石さんがまとめてくれた、SNSでの評価もとても良かったし、発売後しばらく経ち勢いに陰りが見えていた音源の売れ行きが再度増えたのは予想以上の効果と言える。
でもしばらくライブはいいかな、と千夜は思った。
白玲5期ルールなどもできたので、現実世界では女性の棋士誕生も近づいたと思います。
この作品が完結するよりも早く誕生しそう。
一方奨励会に挑戦する女性がいなくなるような気もしますが。そのあたりは難しいところですね。
この作品世界では、連盟の移設もしていないので、どうするかは考えます。