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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
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266.ペンギンシアター(5)

初日はいいライブになった。いやいいライブにしてもらったと言うべきかもしれない。ゲストのダニーはライブのかなり早い段階から登場してくれた。千夜とデュエットもした。これは予定通り。想定外なのは最後まで舞台に留まってくれたこと。


『本当ならここで帰る予定で、この後はリハにも参加していない。でも今夜はもっとサックスを吹きたいんだ。もっとここに残っていいかな?』


千夜と客席にそう語りかけて万来の拍手を浴びた。流石はダニー=キアネーゼ。彼は本来は自分のバンドでギターを持ちながらボーカルを務めることが多いけど、当然のように他の楽器も使いこなす。


そしてなんやかんや結局ライブの最後まで千夜の舞台を支え続けてくれた。リハーサルにも参加していなかったのに、見事にバンドに溶け込んでくれるし、必要な時は前に出てソロをアドリブで完璧にこなす。 見事なまでに千夜の音楽の厚みを増やしてくれた。素晴らしすぎます。


ミュージシャンとしても人間性も最高。素敵すぎる。ライブができた。最後の曲が終わると舞台の上でダニーと抱き合って観客の喝采を浴びた。ものすごく気持ちがいい。


ライブが終わった後も何度もお礼を言って、最後にハグして別れた。


『今日はいい夢を見れそうだ。またライブしよう』


そう言って颯爽とペンギンシアターを去っていった。明石さんとプロモーターはダニーへの謝礼を増やすと言っていたが、それは当然すぎるだろう。いつか千夜もお返しできればと思う。


『昨晩の事は聞いたわ。私は最初から最後まで舞台にいるからね』


予定よりも早く午前中からライブ会場に現れたケイトと再会の挨拶をする前に、彼女がそう言ったので千夜は思わず日本語で「はあっ?」と言ってしまった。


『昨日のお客さんが凄く盛り上がったので、ダニーはアドリブでそう決めたんだと思うよ』


『私もアドリブで今そう決めたの』


千夜はこれまでの経験から、ケイトの能力や千夜自身との相性を欠片も疑っていない。ケイトが最初から最後までいてくれるのはとても心強い。問題があるとすると舞鶴千夜のライブのはずが、実質ケイトリン=オブライエン のライブになってしまうことだけど、千夜目当てで来ている観客を相手にしても盛り上がることは間違いないし、観客が満足してくれるなら全然問題ない。実際この2日目のチケットが最初にソールドアウトしたので、ケイト目当てのお客さんも少なくないはずだ。


懸念しているのは明日、3日目のゲスト、ローガン=パーキンスのこと 。ダニーとケイトの話を聞いたら、ふたりに対抗して俺もそうするとか言い出しそうな気がするのは千夜だけ? ローガンもまたいろんな楽器を使うマルチプレイヤーだけど、どれか一つといえばテナーサックス。ダニーともろかぶり。


いや待て、プロとして締結した契約をきっちり守るタイプかもしれない。でもグラマフの時の様子を見ると前者の香りがする。偏見かもしれないけど、ジャズプレイヤーって即席のセッションとか多そうだから彼の得意な土俵だろう。


ケイトだってもし千夜が気の抜けたパフォーマンスをしていたら食いに来るだろう。ローガンは千夜が頑張っていても侵略してこない? 大丈夫、私?


千夜は明日の懸念はとりあえずどこかに投げ出して、元々ケイトの参加を予定していなかったパートも含め、リハを最初から最後まで通しで行った。結論、ケイトも偉大。流石アメリカ、マーベラスなアーティストが多すぎる。


『みんなありがとう。じゃあこの後は本番まで休んでね、と言いたいところだけど……』


千夜はケイトを見た。リハを終え、本番を控えてケイトもどこか高揚している気がする。


『多分ケイトは本番はまた変えてくると思うから、心づもりはしておいてね』


千夜の言葉に対し、バックミュージシャンから何か汚い言葉が小さく聞こえた気がした。


『心外だわ』


ケイトの芝居がかった口調に千夜も応じる。


『私は自分のライブには万全を期すことにしているの。もちろん与えられたリソースの中でね』


本当ならもう一回リハをしたいけど、千夜もケイトも他のみんなも疲れてしまう。そうなると元も子もない。


結果的に2日目のライブも大成功。千夜とケイトの仲がいいことは観客も知ってくれているので、コーラスやデュエット、ギターでの掛け合いもとても盛り上がった。バックのミュージシャンの皆様も十二分に対応して頂いた。お疲れ様でした。


そして3日目、ローガン=パーキンスはケイトとは違って、午後になって会場に現れた。時間通りだから全然問題ない。千夜の周りにはあまりいないけれど、アメリカのビジネスマンらしく契約にドライなタイプなのだろうと安心していたぐらい。


ただローガンの車の後ろには大きなトラックが付いてきていて、なにやら運び出そうとしている。


『これはなんですか?』


見ただけでわかるものも多かったけれど、聞かないわけにはいかなかった。


『ああ、あれは俺のドラムセットだな。俺のライブだともっといろいろ付けるけど、こういうキュートなのもいいだろ?』


ローガンはそこいらのプロのドラマーよりも心を震わせるドラムを叩くことを千夜は知っていた。


一昨日のライブでダニーがテナーサックスを使った。だから今日は本職のテナーを見せてやるぜ。そういう展開は予想していた。でもこれはかなり違う方向。ドラムセットって時点でキュートではない。そもそも自分のライブでもドラムを叩くことなんて殆どないでしょ? いや自分のライブだからドラムは叩かないのか?


『いや舞台にそんなスペースないんで』


『そうか、それは残念』


案外あっさり引き下がってくれた。ということは続きがあるってことだ。

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