260.鬼神(22)
蒼は国分九段や蒔苗女流二段とこの一局について話し合いながら、控室で用意されたお弁当を食べた。
「最初の千日手は何だったんでしょね」
「御厨君の考慮漏れとしか思えないね。彼らしくない」
「でも指し直しではちゃんと切り替えて、的確に指されてますね」
「今評価値いくつですか?」
「+78、互角ですね」
「ここから本格的に駒がぶつかりそうですし、角の使いどころも気になりますね」
蒼は適当に相槌を打ちながら自分も盤面を考えていた。普通に考えれば、8六歩、同歩、8五歩の流れだけど、ここで昼休みに入ったから御厨先生は別の案を検討しているのかもしれない。
そうしているうちに話は宮之浦先生の最近のおススメスイーツの話へと変った。
時間になり昼休み明けの最初の一手は蒼の予想どおり8六歩で始まったのを蒼は控室で見ていた。他の選択肢を検討していたのか、この先の展開を読んでいたのかは御厨名人、おっと今日は棋神にしかわからない。同歩、8五歩、6九飛とノータイムで続く。このタイミングで天道さんが6筋に振った。
当然御厨先生もこの展開は考えていたはず。時間を使っているのは何らかの検討をしているのかもしれない。5分ちょっと考えて8六歩と、無視された飛車先の歩を突く。天道さんはまったく時間を使わず8二歩と飛車の頭に打つ。
取るか逃げるか。一長一短でどちらも悪くないけれど、この後の展開が大きく変わる。ここは蒼でも時間を使いたいところ。御厨棋神は10分程時間を使って、7一飛と逃げた。天道さんは7五歩の一手しかないので当然ノータイム。さてこの次も御厨先生には選択肢がいっぱいある。
桂馬を跳ねる。銀を進める。今度は後手から先手の飛車をいじめに行く。数多くの選択肢の中から御厨棋神は迷わず4五銀直と桂馬を取った。当然先手が同歩で銀桂交換した後、後手が3三に角を打った。流石御厨先生。この手を狙ってたんだな。この角は結構厳しい。天道さんの玉周りが一気に厳しくなる。
蒼ならまず守りの固さを考える。誰だってそうだと思う。守りに問題が無いことが確認できたなら攻めも候補に挙がるはず。でも天道さんにはそのようなセオリーが通じない。数秒の間を置いて6三歩成と攻める。このと金は取らないわけにはいかないけれど、金と銀のどちらで取るか、また相手を迷わせる手だ。
御厨先生は数秒だけ考えて同金を選ぶ。同銀は余りに消極的すぎるからそれはそう。これで今度は先手に選択肢が与えられたわけだけど、ここでもほとんど時間を使わずに天道さんは5五銀打と銀を縦に並べた。これで角の利きを消した。同銀なら6三飛成で金がタダで取れるから先手が圧倒的に有利になる。
将棋は別に残り時間が多い方が勝つゲームではない。もちろん終盤で時間の有る無しが勝負を分ける場合もあるけれど、ここまで時間を使わないことにこだわる棋士を蒼は天道さん以外に知らない。
7六歩、あるいは6五桂。テレビの画面を見るとAIが示す最善手は7六歩。でも御厨先生はAIじゃないし、天道さんもAIじゃない。あくまで人と人の勝負だ。
ここで御厨先生が今日一番の長考に入った。
『AIの最善手の7六歩の場合は……』
テレビの中で国分先生や宮之浦先生が大盤の駒を動かしながらその後の進行を解説している。
『同銀、5五銀、6三飛成、5六銀、こう進めば金と銀2枚を交換して取れてなおかつ間の駒が消えて角で空き王手がかけられるのでかなり後手がよくなりそうだね』
『角道がスパッと開いて王手いうのはカッコええですね。でも御厨棋神やったらもう気づいてはるんちゃうかなあ』
『でも指さないから何か考えてるんだろうね』
その時テレビを見ている蒼に今日の相棒である蒔苗さんが話しかけて来た。
「このまま私たちの出番になりそうですね」
「そうですねそろそろ準備をしましょうか」
そう言った途端に後手7六歩。
『指したねえ』
『指しはりましたね』
それを待ち構えていたように先手8五銀。ん、そっちの歩を取りにいった? それは斜めで戻れるから? でもその後の展開は変わらないはず。5五銀、6三飛成、5六銀で3三の角が天道さんの王に手が届いた。これで後手がかなり有利になったのでは?
でもAIの評価値が出る前に天道さんが駒台から金を4四に打った。さっき拾った虎の子の金を惜しげもなく合駒に差し出した。
『これはすごいね。同歩なら6二竜で王手飛車取り、同角なら同歩で角金交換になるから取れない。しかも相変わらず時間使ってない。いやこれは真似できないね』
蒼の考えにも無かった。蒼なら6六の竜が利いている所に歩を打って中合したと思う。これで天道さんが有利になったかもしれない。そう思ってようやく画面に出たAIの評価値を見ると0。つまりまったくの互角だった。
「ここからは再び若手コンビで解説させて頂きます」
「今の盤面は先手が81手目に3三金と後手角を取って王手したところです」
蒼は盤面の解説をする。
「後手は6一飛と飛竜交換を仕掛けたところですが、先手がそれに応じず先に角を取ったところです」
蒔苗さんがそこに到るまでの説明をしてくれたので、蒼はこの後の展開を伝える。
「王手なので当然取るか逃げるしかないわけですが、流石に逃げるという選択肢はありません。玉で取るのも銀がタダなので無いです。なので金で取るか桂馬で取るかの二択ですね」
「その二択でまた後手が長考に入ったところです。まだAIの評価値は一桁なので形勢はまったくの互角ですが、先ほどから先手が主導権を握っているな気がします」
「そうですね。特に77手目の金合以降そう感じますね。局面互角ですが持ち時間はだいぶ差が開いてきました」
なんとなく自分の主観が出てしまった気がするのでこの後は気を付けようと思う。
『後手、同金』
『先手、6三歩』
「金を選びましたが、先手は考えてましたね」
その後先手の角がようやく盤面に打たれたり、6筋での飛竜交換があったりしたがどれも自然な手筋だったと蒼も思う。だが91手目5二とでほぼ勝負はついたと思う。
後手は110手目に3一金打と金を3枚縦に並べて壁を作って抵抗したけれど、113手目の1三銀で17手詰めに入ったところで御厨棋神が投了した。
『負けました』
「今113手で後手が投了しました」
「天道新棋神、これで鋭王と合わせて二冠ですね」
「師匠の大江九段がかつて持っていたタイトルなので是非欲しいとおっしゃってましたが、御厨名人との番勝負を制するとまでは思ってませんでした」
その後感想戦が始まったので蒼は黙っていた。天道二冠か。鋭王を取ってからあっという間だった気がする。最初の対局は御厨名人の作戦ミスだとおもうけれど、指し直しの一局は双方とも見事な差し回しだった。
天道さんはどこまで強くなるのだろう。蒼とは今年順位戦で対局があるけれど、他の棋戦でも対局するかもしれない。今の天道さんは棋神というより、鬼神とよぶべきではないだろうか。蒼はそう思った。
元々のプロットに反して静香が鋭王を取ってしまったので「鬼神」のサブタイトルがずいぶん長くなりました。これらは棋譜を詳細に書いたので、話のテンポが遅くなってしまったのを反省しています。今後はもう少しサクサク進めようと思います。
またご感想を頂いたかた、レビューを頂いた方、メチャメチャありがとうございます。
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また普段棋譜は自分で作るのですが、この棋譜については初めて自作ではなく、第3回電竜戦の棋譜を用いております。
先手:水匠
後手:dlshogi with HEROZ 30b
https://denryu-sen.jp/denryusen/dr3_production/dist/#/dr3prd+dr3prdy1-9_suishoo_burningbridges-600-2F+suishoo+burningbridges+20221203170027