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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
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259.鬼神(21)

天道鋭王が御厨名人に挑む棋神戦は話題性が高いため、解説者も豪華な顔ぶれがそろった。この第四局では国分九段と櫛木竜帝という新旧の実力者が交代しながら解説を務めている。


「これ千日手に入るかもしれないね」


「先手の御厨棋神の作戦……とはちゃいますねえ?」


聞き手は宮之浦女流四段。かつてはタイトル戦の常連だったが、近年は若手の台頭の中、なんとか善戦しているというところ。


「普通に考えると先手の方が有利だからねえ。特にこの番勝負は第三局まですべて先手が勝ってる。どこか読み抜けがあったのかもしれないね。御厨君らしくない」


国分九段は将棋界の重鎮。解説時でもこのようにぞんざいな話し方が許されるキャラクターとしての地位を得ている。


「やっぱりこれ千日手ですわ」


一方の宮之浦女流四段も負けてはいない。こちらは砕けた関西弁を駆使する。


手を止めていた御厨棋神が打って変わってノータイムで指し始めたのを見て宮之浦女流四段が話をしている間に千日手が成立した。


「いやあ、僕もこの世界に長くいるけど午前中で千日手になったのは知らないなあ。今からだと指し直しも午前中に始まるよね?」


「指し直しは10時52分から開始て言うてはりますね」


上座に座った御厨棋神が一旦駒を片付ける。


「お昼まで1時間もあるね。棋神戦なのに」


昼食休憩の時間はタイトルによって違う。正午からお昼休みに入るのは棋神戦と鋭王戦だけ。


「さて国分九段、指し直しの展開はどうなると想定されたはりますか?」


「さあ? どちらもこの時間からの指し直しは想定してないだろうからね。もし指し直しを狙って後手番の研究手を考えていたのなら、御厨君は天才すぎるね」


「流石に御厨棋神でもそれは無理なんちゃいますか?」


「普通に考えて無理でしょ? 天道二冠が近づいてきたんじゃないかな」


「いや、まだまだわからへんですよ。指し直しは10時52分からなので、皆さんまたよろしくお願いします」


控室でこの緩いやりとりをテレビで見ていた櫛木蒼竜帝は逆のことを考えていた。つまり天道鋭王が千日手に持ち込んだという可能性だ。実際後手がわざと千日手を狙うのは戦略的にはありだ。でもこんなに短い手で、しかも御厨先生相手に狙う事ができるのだろうか? 


多分途中までは偶然。そしてどこかのタイミングでそれを狙ったのだろうと蒼は自分の中でそう結論づけた。蒼にとって困ったことに、天道さんは将棋の中でも何でもできてしまうようだ。



「さてこれより指し直しとなります。ここからは解説に櫛木竜帝をお迎えし、聞き手は私、蒔苗妹こと蒔苗あかりという若手コンビで担当させて頂きます」


「すいません。ひかりさんと見分けがつかないです。肩書もおふたりとも女流二段ですし」


蒼には朝のふたりのように砕けた解説は無理。あのふたりの方がおかしい。


「一時は髪型とかもわざと姉とは変えていましたが、今はまた同じになっちゃいましたからね。さてそろそろ指し直しが始まりますが……先に御厨棋神が対局室にいらっしゃいましたね。国分九段は御厨棋神がわざと千日手にした可能性を示唆されてましたが」


「それは無理というか意味が無いですからないです。普通に考えて天道鋭王が千日手に持ち込んだのではないかと思います」


「少し遅れて天道鋭王も対局室に入られました」


早速駒袋が取り出され、朝と同じように駒が大橋流で並べられる。


「さて指し直しが始まりました。えっと、おふた方ともノータイムで指されるので読み上げも大盤の駒を並べるのも追い付かないです」


10手目に7七角成、そして同銀でお互いの駒台に角が乗る。


「対局者双方が得意としている典型的な角換わりですからね。どこまで定跡を辿るのでしょうね」


「後手、7三桂」


「30手目で先後同型となりました」


「先後同型角換わり腰掛銀ですね。しばらくこのまま同型が続きそうです」


「先手、6六歩」


「これで腰掛銀完成ですね」


「後手、5二玉」


「37手目で同型が崩れました」


「先手、6九玉」


「櫛木竜帝は当然棋神とも鋭王ともご対局経験がおありですが、この後どういう展開になるでしょうか?」


「当たり前の話で申し訳ないですけど大駒をどう活かすかがポイントになると思います」


この段階では蒼は当たり前の事しか言えない。


47手目の2四歩から同歩、同飛、2三歩、2九飛で歩が1枚先手の駒台に乗る。その後、6五歩、同歩、7五歩と後手が歩を突くが、先手はそれを無視して2二歩とする。


「これは後手の金を玉から遠ざける狙いでしょうか?」


「そうです。やはり同玉ですね」


「そして6四歩。これは6筋に飛車を振るということでしょうか」


さっきからあまり解説してないな。蒼は自分でそう思った。


「そうですね。先手は6筋、後手は8筋のまま飛車を活かそうとしています」


「ここでお昼休みになりました。指し直しが始まって1時間で57手まで進みました」


「指し直しと言っても両者ともハイペースで指してますね」


「この後の展開を、櫛木竜帝はどう予想されますか?」


「そうですね。飛車は先手が今は2九にいますが6筋に振ることを想定しているでしょう。後手はこのまま8筋だと思われますが、どちらも振る振らない選択肢が多いです。そして相変わらず両者の駒台には角がいるので怖い状況が続きそうですね」


「ありがとうございました。それではここで改めて両対局者のお昼ご飯をご紹介します」


お昼明けはまた国分先生の出番になるはずだ。今の所互角に見えるけど、ここからどうなるだろうか。それは両対局者次第でどうにでもなる話だ。それよりも蒼はもっと大事な事がわからなくて困っている。


僕は天道さんに勝ってほしいのだろうか? それとも負けて欲しいのか?

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