26.記者会見
静香は偉い人たちに囲まれるように、壇上に設置された机の真ん中に座った。目の前には報道陣のシャッター音、フラッシュ、テレビカメラに照明。その洪水で耳と目が変になりそうだ。
「それでは皆様大変お待たせいたしました。ただいまより日本将棋連盟、及び株式会社鎌田プロダクション合同記者会見を行います。両組織に所属している天道静香、及び舞鶴千夜に関する報道やネットでの反応について、本人及び関係者から説明させて頂きたいというのが今回の会見の趣旨となります。趣旨に反するご質問はご遠慮ください。私は鎌田プロダクションの広報部長を務めております、有吉です。本記者会見の司会を務めさせて頂きます」
先ほどから報道陣のカメラが止まらない。写真なんて2~3枚とれば良いのではないかと静香は思う。
「まず本日の出席者についてご紹介させて頂きます。まずは現在、先ほど申し上げたように渦中におります、天道静香奨励会三段です」
静香は立ち上がって無言で礼をして、また座る。
「皆さまからご覧になって、天道静香の右から順に紹介します。弊社、株式会社鎌田プロダクション、代表取締役社長、鎌田大介。続きまして本日はご厚意でご参加して頂きました、私ども及び天道のお客様である、プレーン化粧品株式会社、代表取締役社長、長良川利久様、続きまして天道静香が通学しております、私立聖瑞庵高校校長、竹下克典様」
なおプレーンの社長も学校の校長も、静香のサポートのためにわざわざ来てくれたのだけれど、同時にそれぞれの宣伝という思惑もあると静香は思っている。
「続きまして天道の左側から順に、公益社団法人、日本将棋連盟会長、梅原宗助様、同じく女流棋士会長、岩城桔梗様、そして天道の師匠である大江尚樹九段です」
よく全員のスケジュールが合ったなと静香は思う。いや、幾人かは無理やり調整したんだろうけど。
「ではまず、当人である天道静香より、経緯について話をさせて頂きます」
静香は再び立ち上がって、深く礼をする。またパシャパシャフラッシュが焚かれる。
「本日は皆さま、私、天道静香のためにお集まり頂きありがとうございます」
雑な三つ編み、太い黒縁の眼鏡、化粧をまったくしておらず陰気な表情。今日の服装も兄のお古だ。そして低く少しくぐもった声でぼそぼそと話す。ボイトレする前も後も静香の話し方は変わらない。
「私は、あちらの校長先生の学校、私立聖瑞庵高校、2年3組に在籍しており、また7歳の時からあちらの大江九段に師事し、その後日本将棋連盟の奨励会に入り、つい先日三段に昇段が決定したばかりです」
ここで静香は眼鏡を外した。そして雑に結ばれた三つ編みを手際よく解いていく。そして、いつか岩城女流五段の前でしたように、手櫛で髪を簡単に整えた。報道陣から息を飲む音がした。先ほどまで同じ席にいた地味で陰気な女子高生棋士が魔法のように消え失せ、代わってマスコミ関係者が良く知っている、歌手で女優の舞鶴千夜がいた。
身に着けている服ですら印象が全然違う。ダサさの象徴のようなダボダボの男物のシャツとパンツも、一流のコーディネーターが役柄に合わせてわざわざ選びぬいたものであるかのように見えてしまう。
千夜はいつものように明るい声で報道陣に話しかける。内容もこの前、岩城先生や宮之浦先生の前で言った内容でいい。
「皆さまこんにちは! 舞鶴千夜です。別人に見えますか? それは困りましたね。長良川社長、今日は御社の化粧品を持ってきていらっしゃいますか?」
話し方もいつもの千夜だ。少し報道陣から笑いが出た。
「すみません。慌ててきたもので、今日は商売道具を忘れて来てしまいました」
長良川社長の発言にまた笑いが大きくなった。
「それは困りました。まだ半分ぐらいかもしれませんが、舞鶴千夜だと言い張ることにします」
静香とは表情はもちろん顔色まで違う。
「私は去年の春、鎌田プロダクションにスカウトして頂いて、芸能界に足を踏み入れました。事務所の皆さま、音楽、演劇、映画の関係者の皆さま、こちらにいらっしゃる方々を始めとする各報道機関の皆さま、スポンサーの皆さま、そして何よりファンの皆さまに支えられまして、スカウトされた時には思ってもいなかった所まで来ることができました。この場をお借りして深く御礼を申し上げます」
千夜は深く頭を下げた。
「またこういった騒ぎになりまして、校長先生はじめ聖瑞庵高校関係者の皆さま、女子オープンのスポンサーであり、私がキャンペーンガールを努めさせて頂いている、長良川社長はじめとするプレーン化粧品の皆さま、そして梅原会長をはじめ日本将棋連盟の皆さまにはご面倒をおかけして大変申し訳ありません」
千夜は長良川社長の方に向かって再び頭を下げた。他のメンバーは身内だが、長良川社長は、もちろん思惑はあるだろうけれど、ご厚意で来ていただいているのだから最優先だ。もちろん他のメンバーにも礼をする。
そして報道陣に軽く微笑む。
「私からは以上となります。なにかご質問などあればお願い致します。失礼させて頂きます」
そう言って舞鶴千夜は椅子に腰かけると司会者の声がする。
「えー、それではただ今の舞鶴千夜のコメントにつきまして、皆さまからのご質問をお受けしたいと思います。まずは社名とお名前をおっしゃってから、ご質問をお願いいたします」