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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
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258.鬼神(20)

静香は試験勉強をしながら御厨先生対策を続けていたけれど、棋神戦第四局が始まった。場所は神奈川県の鶴巻館つるまきかんと比較的近いのも嬉しい。舞鶴千夜が向田女王(当時)に岩城女流棋士会長(当時も今も)が挑んだ女王戦をレポートしたのがこの老舗旅館。静香はまだ初段で、千夜との関係がバレる前の事だ。


あれがついこの間の事だったような気もするし、はるか前の事のような気もするから不思議だ。その後女流では静香も何度もお世話になったが、男性もいる棋戦では初めて。今後も訪れることが多ければいいな。


後手番だけど、なんとか勝って御厨先生からタイトルが欲しいところ。負けたら最終の第五局に持ち込まれる。報道陣のシャッター音が鳴る中で御厨先生の初手は7六歩。初手から静香の予想を外してきた。


初手7六歩はごく当たり前の手。多分プロの対局でも初手の6~7割はこのはず。でも御厨先生に限って言えば9割方初手は2六歩と飛車先の歩を突いている。3手目2六歩で順番を変えただけかもしれないけれど静香のペースを乱すという意味では効果的だ。


静香が普通に8四歩と突いたところで報道陣が出て行く。御厨先生はノータイムで6八銀。これは矢倉囲いを匂わせる手。言わずもがなだけど、矢倉は将棋の定跡と言って良い。ひと昔前には「矢倉は将棋の純文学」を言われたこともある。この言葉は必ずしも肯定的な意味ではないという説もあるが、いずれにせよ最もオーソドックスな囲い方のひとつだ。


だが今は他にも数々の有力な戦法が産まれたので昔ほど指されることは無くなった。特に御厨先生の戦法としては前例はほとんどないはず。だがもちろん強力な囲いであることは間違いない。静香は3四歩と角道を開けると5手目は7七銀、急戦矢倉の可能性も含んでいるし雁木の可能性もある。静香は定跡どおり6二銀と指す。


2六歩、7四歩と静香も急戦に応じる定跡をなぞる。刺しながら御厨先生の意図を考える。御厨先生も急戦好きなので双方が得意とする戦術で雌雄を決めようということかもしれない。この言葉ってコンプラ的に大丈夫? 今回の場合どちらが男性で女性かは明らかだけど。


その後互いに居玉で飛車も初期配置(御厨先生は11手目2四歩、同歩、同飛の後、17手目で2八飛と戻っている)なのにここかしこで殴り合いの準備が整うという急戦の展開が進んだ。双方とも王を守るのは右金1枚だけ。矢倉にはなりそうもない。


そして27手目で御厨先生の手が止まった。あれ? 研究手じゃないの? どこかで外れた? 局面は互角、本命6六歩、対抗4七銀だけど他に良い手が見つかったのかもしれない。10分程考えてから御厨先生は静香が本命だと思っていた6六歩だけど、何かこの後罠があるのかもしれない。予定通りだったので静香はノータイムで7五歩と突いた。あり得ないけど同歩だと後手が良くなる。


だがここでも御厨先生の手が止まる。なんだか怖い。御厨先生はまた10分程考えて6五歩と突いてきた。これも静香の予定の範疇なので同銀と取る。いつ2八の飛車が6筋に回されるかを意識しないといけないけれど取るしかない。御厨先生はここでも少し時間を使ってから即6八飛。静香は6四歩で銀を支える。


35手目4五歩を指されて静香はなぜここしばらく御厨先生の手が止まりがちだったのかに気が付いた。ああ御厨先生にはこの局面が見えていたのか。角頭に歩が突かれたので角は逃げるしかない。2六に突っ込んでもいいけどあまり良い未来が見えないので逃げるしかない。5三に逃げるのが最善? そうすれば6筋の銀交換の後も角で歩を支えられる。でも6二まで引けばその後は……


静香も少し考えて、6二まで角を引いた。6六銀、7六銀と銀が横に並んだ後、また御厨先生が考えてから6三歩とした。8四角と逃げる。さて問題です。次の御厨先生の手はどうなるでしょうか?


本命7七銀、対抗は5五銀か4四歩。でも局面を見ると7七銀一択だけど御厨先生はここでも時間を使う。7七銀以外の手を必至で探しているに違いない。今度は20分程考えて7七銀を指した。静香は自分が思う最善手である6五銀を指した。


もう御厨先生は迷わなかった。後はもう作業でしかない。6六銀、7六銀、7七銀、 6五銀 、6六銀、7六銀……お互いに銀が上がって下がってを繰り返す。これ以外に差す手が無いとは言えないけれど明らかに不利になる。


そのループがなんどか繰り返されたところ、わずか52手で千日手が成立した。静香が指し直しを経験するのは三段リーグの櫛木さん戦で持将棋になって以来だから、プロになってからは初めてだ。


規定どおり30分の休憩時間を置いて指し直しとなる。静香はほとんど時間を使っていないし、御厨先生もまだ3時間近く時間を残している。だから時間の補充はない。もし片方が1時間未満しかない場合は不足分が双方に加えられる。例えば対局者の片方が残り10分で、相手が1時間10分の場合。双方に50分ずつ持ち時間が追加される。


そしてもう一つ重要なのは先手後手が入れ替わることだ。今回の場合は指し直し対局は静香の先手で行われる。なお今回の場合第五局の先後はどのみち振駒。仮にこれが第二局だった場合でも、第三局以降は当初決められた通りの先手後手で開始される。


静香は30分の休み時間、できるだけ頭を空っぽにして指し直しに備えた。

今週は更新できました。来週は難しいかもしれません。


なおこの千日手の棋譜は偶然できたものです。手数が少ないのでどこかにポカがあるのかもしれません。

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