256.鬼神(18)
いよいよ御厨先生との番勝負が始まった。御厨棋神に天道鋭王が挑戦するという形になる。
会場は四国の松山。道後温泉本館のしらさぎの間だ。なにやら大規模な改修工事がそろそろ完了するらしく、この部屋はまだ一般には公開されていない。いわばこけら落としにこの対局が使われるのは名誉なことだと思う。
前夜祭から随分盛り上がった。櫛木竜帝、小田桐玉将のふたりがわざわざ現地まで解説者として来てくれた。タイトルホルダー全員がこの場に集まっているという、とても豪華な面々。
最近タイトルホルダーになったとある人物は、多忙を理由にこれまで解説者をしたことが無い。だからこれからはあまり無いかもしれない。というか普通こんなことはしない。連盟の思惑で盛り上げてくれているのだろう。
これは初戦なので振駒がある。棋戦のスポンサー会社も会長が、わざわざ来てくれている。もちろん前夜祭でもスピーチしていたけれど。
振駒はと金が3枚で静香が先手。番勝負が最終戦までもつれ込んだ場合、再度振駒をするけれど静香にとって良いと思う。是非初戦を取って勢いに乗りたいところ。というかこの持ち時間で御厨先生相手に後手を持つのはかなり分が悪い。
先手番をなんとか勝ち続けて後手番でなんとか勝機を探すか、うまくいかなければ最終局まで粘るのが基本戦略。テニスに例えれば自分のサービスゲームはきっちりキープして、ブレイクチャンスを狙うという感じ?
時間になったのでお願いしますと挨拶を交わしてから初手を指す。静香は角換わりを研究してきたのでまずは飛車先の歩を突く。2六歩 、3四歩、7六歩という典型的な角換わりの出だし。記者の方々が出て行ったところに4手目が 8八角成。
えっ?
2六歩を突いているから同飛は無い、同銀しかありえない。静香はノータイムで馬を払ったけれど、こちらの動揺を悟られなかったかの自信はない。本命が一手損角換わり、対抗が角交換振り飛車 、大穴で後手筋違い角? いずれにせよいきなり主導権を握られてしまった。
この次は2二銀なら一手損角換わり、あるいは四間飛車かダイレクト向かい飛車。4二銀でも同じように8手目3三銀で同様の展開になる可能性があるが4筋の歩を突いてそこに銀を上げてもよい。6五角なら後手筋違い角。普通に考えると後手に不利だけど研究手の可能性が高くなる。
だけど反射的に考えられたのはここまで。御厨先生の6手目は4二飛、つまり後手番角交換四間飛車だ。もっと後のタイミングで角交換する手順もあるはずなのに、わずか8手目で戦型を決めるという、御厨先生らしからぬかなり強引な手順。
確実に研究されている。一旦は受けに回るしかない。静香は5八金右として備えた。その後はお互いに自陣を整える。どちらの駒も5段までは上がらないし、駒を集めるよりも桂を跳ねたり力を蓄えている感じ。駒が固まっていないのは、お互いの駒台に角があるから。駒を固めたら簡単に馬を作られてしまうから。
これがどこまで自分が誘導されているのかは不明だけど、27手目に大きな選択を迫られた。静香も4筋に飛車を振るかどうかという選択肢。一旦保留にして5五に銀を上げてもよいけど、このまま2八にいるよりは4筋に振った方が少なくとも守りには使える。ただその後2七に角を打たれたらあっさり馬を作られる。いいや、作らせちゃおう。静香も4筋に飛車を振って向かい飛車を選択した。
2七角 に対し、3七の桂馬を跳ねてもいいけど、4七金と少しだけ嫌がらせをする。 3五歩、同歩、 6三角成。馬を加えて相手陣はより固くなったけど、歩を1枚ゲットした。それにもうどこに角を打たれるかを考えなくて良くなる。こちらも35手目に4五歩、同歩から5五に角を打って1一の香を狙える位置に置く。もちろん歩を失った4筋の補強にも使える。
そう思ったらすぐに4六歩、同金で使うことになった。飛車が利いているから金がタダではないけれどそんな単純には攻めて来ないけどね。ほら3六歩。将棋指しはみな性格が悪いと思う。静香自身も含めて。
と金を作られる可能性が高いから4五金と棒金状態で前に進む。
互いの駒台から角が無くなったので、自陣の整備が進む。その中で48手目に1二香。あら1一角成で香を取れなくなった。でもこれより前のタイミングで1一角成にすると3七歩成からこちらの飛車と追いかけっこした後に4五馬、同銀、同飛で、金銀を失って角と歩を得るというむなしい交換になるのでやむを得ない。
こうして先に香を逃がした後で、5四に歩を突かれたので角は逃げるしかない。このタイミングで1一角成とするが駒は取れない。とても勿体ない気がする。それから3七歩成とされるが、5四の相手の歩は相手の角道ならぬ馬道を塞いでいるので不利な交換を強要されないのでセーフ。こういうところが将棋の面白いところだよね。
55手目で6六馬と馬を戻した後、57手目に3三歩成と攻め込む。 同銀、同桂成、同桂で桂と歩を失うが銀を得て、その後4四金と棒金が進む。流石にここで4七に歩を打たれて飛車道を塞がれた。3六のと金が邪魔だ。静香はここで手を止めて考えた。
4筋の向かい飛車はそろそろ役目を終えただろう。27手目に静香が飛車を振ってから、互いに飛車1段目と9段目に引いただけで、30手以上膠着状態を作ってくれた。ここでお互いの急所である9筋の歩を突いておくことにする。静香の玉は8九、御厨先生の王将は8二にいるのに、9筋は歩と香しかいない。
静香は9五歩と突いた。同歩なら他のところを攻めれば良い。
後手は4四と4筋を盤石にする。静香の4四の金は詰んだも同然なので、せめて桂と交換する。
3三金、同金
駒損しているけど相手の金にはこちらの馬が利いているし、仮に放っておいてもこれから戦場になる左辺の戦いには参加できないから問題ない。静香は9四歩と相手の歩を取る。この強みを活かせば静香が有利になる。
9四歩、8五桂打、9三歩成、7一玉、3三馬
桂を打たれるけど無視して歩を成り込めばさすがに御厨先生も王を逃がす。同香なら同馬からの3手詰めだからね。
5六と、4二銀
銀を取られるけど相手の飛車に圧力をかける。御厨先生がここで長考するが飛車は諦めたようだ。
6七と 、4一銀成
この数手で盤面はだいぶ静香に有利になったのではないだろうか?
その後9筋から攻められたけれど静香はそれを跳ね返した。その後88手目に 8二に、90手目に5二にそれぞれ銀を足して御厨先生は守りに入ったけれど問題ない。
93手目の9一歩成、 同銀でまず一枚、98手目に4一の成銀を取らせてもう1枚の銀を引き離す。
8三と、同金、同香成
この101手目で御厨先生が投了。幸先よく静香は一局目を制した。
このまま勢いに乗れればよかったのだけど、静香は次戦の王者戦、挑決トーナメントの準決勝で櫛木さんに惨敗し、その後の棋神戦の第二局も御厨棋神に最初から最後までしっかりキープされ1勝1敗になった。
これは想定済だと静香は自分に言い聞かせて次の対局に備えた。次はシードされまくってる星雲戦で、相手は武田五段。もしかしたら彼のプロ編入試験で対局していたかもしれない相手で、結構下の方から勝ち上がってきたから最多連勝で本戦進出が決まっている。多分対局するのは竜帝戦の本戦以来だと思う。