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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
239/284

239.鬼神(1)

「あと5分でスタンバイお願いします」


広報の人が部屋の外から話しかけて来た。名前を呼ばないのはわざとだろう。


3月の最終金曜日、千夜は水道橋ドームにきていた。これから千夜のコンサートがあるというわけではない。千夜は前座としてここに来ている。最近自分自身が主役になることが多かったから少し新鮮。


今日はプロ野球の開幕戦があり。千夜は国歌独唱と始球式を務めるという仕事で来た。国歌はアカペラで歌う。


当然お客様は野球の試合を見に来たわけで、千夜を見に来たわけではない。自分のお客さんでない人たちに、短時間の出番で満足してもらうことは難しい。試合が始まったらみんな千夜のことなんか忘れてしまうに決まっている。


始球式が終わった後に放送席にお邪魔することもないし、5回の裏のグラウンド整備時間中に1曲歌うということもない。国歌独唱と始球式を終えた後は、試合を適当なところまで見たら混雑する前に帰ることになっている。始球式後にインタビューなどが挟まるかもしれないけれど……とても味気ない気がする。


プロ野球のペナントレースの開幕戦だからチケットが売り切れるのは当たり前で、試合のパンフレットにすら「特別ゲストが登場」とのみ書かれている。千夜は客寄せにすらなっていない。


そんなわけで今、千夜は狭い部屋で缶詰になっている。千夜がここに来ているのを知っているのは球団の偉い方々と広報の人たちのみだそうだ。


それなのに結構な金額が鎌プロに流れているとのこと。千夜自身は何も言わないが、アナウンサーの方々が千夜のニューアルバムについていろいろ宣伝もしてくれるという。現時点ではアナウンサーにも千夜の事は知らされておらず、登場とともにカンペが配られるのだと聞いた。ともかく、こんな前座にも関わらず鎌プロにとってなかなか割がよいお仕事なのだという。


ハッキリ言うと千夜は野球にほとんど興味がない。プロ野球はもちろん、MLBや高校野球も見ない。だが貰ったお金と待遇に相応しいリターンを返すべきだ。千夜はライブのために体を鍛えているが、ここ半月ほどはいつものトレーナー以外に野球に詳しいトレーナーにも特別に来てもらった。特訓の成果によって練習では千夜はなんと8割程度もストライクが取れるようになった。当たり前だけど投げたボールは山なりの軌道を描く。


あとアカペラの練習も行った。国歌なので変にオリジナリティを出さず、オーソドックスに自分の強み、声量や息の長さで勝負する。その後はひたすら選手の名前と昨年度の成績やオープン戦での結果も覚えた。録画だけどオープン戦の試合も見た。放送席に呼ばれることはなくともインタビューでボロを出したくはない。ビジターチームの選手についてもそれなりに覚えた。


すると不思議なもので、本当にこのチームに愛着を持つようになってくるから不思議だ。なるほど、今日の先発投手が昨シーズン最多勝のタイトルをとっているのか。サードの選手は他のチームからFAで来た選手で、この新天地での活躍が期待されているのか。


事前の準備は万端だけど、それが本番で活かされるかは別だ。本番のマウンドから投げたなら、ストライクになる可能性は半々もないだろうし、明後日の方向に投げてしまう可能性だってある。だって素人なんだもの。そんな時に、どうやって白けたムードにしないかも、千夜の能力が試されるところだ。


千夜はたびたび立ち上がって身体が固くならないようにストレッチをしたり、君が代を声を出さずにイメトレしている。どちらも悪くない。頂いた報酬に見合うかどうかはわからないが、期待には応えなければならならい。


千夜はもう一度体を軽く動かす。千夜の出番までもうすぐだからセレモニー自体は既に始まっているはずだ。



「さて両監督による花束の交換が行われました。これから今年も長いペナントレースが始まります」


「いよいよですね。」


『続きまして国歌独唱を行います。スタンドの皆様もご起立、ご脱帽の上バックスクリーンにご注目ください。本日の国歌独唱はマルチに活躍される舞鶴千夜さんです』


場内アナウンスの声をアナウンサーの大戸が補足する。


「ちょうど今放送席にも情報が届きました。今日の国歌独唱は今をトキメク舞鶴千夜さんが務めます。音楽に映画に文字通り世界を舞台に活躍する輝ける一番星です」


「球場全体からものすごい拍手が沸き起こってますね。ギガンテスのユニフォーム姿なのはこの後の始球式でも投げるということでしょうね」


「それでは東京が産んだ世界の歌姫の君が代がドームに鳴り響くのに酔いしれたいと思います」


舞鶴千夜が脱帽し丁寧に一礼してから歌い始める。さすがに肉声をドーム球場に轟かせるのは無理なので、用意されたマイクを使う。千夜による君が代を両チームの監督や選手たちがベンチ前のファールグランドに並んで、観客は自席で起立して千夜の独唱に聞き入った。

次の週末は予定が詰まっているので、次回更新は1週飛ばして7月2日の予定です。


申し訳ないです。

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