235.タイトル(1)
静香は年始の後もハードスケジュールが続いた。
大晦日には今年も日本歌勝負に出場した。もちろん大海ドラマの関連だ。
大海ドラマの撮影は秋に終わっており、最終回まで予定通りに放映された。千夜も視聴率についてはこれまで出演したドラマよりも気にしていた。
そもそも千夜が主演した大海ドラマは、時代区分的には飛鳥時代となる。千夜が演じた鸕野讚良、後世では漢風諡号の「持統天皇」と呼ばれる、が藤原京に遷都しているのでその区分も微妙だが、ともかく奈良時代よりも前だ。
この時代は戦国時代に比べるとはるかにマイナーで、大海ドラマのスタッフもやや冒険的な試みだと企画当初から議論されていた。多くの日本人は信長、秀吉、家康が好きなのだ。
だからスタッフもドキドキしながら放送開始を見守っていたわけだが、数字の上で事前の予想を覆す大健闘を見せた。いや大健闘というよりも大勝利と言った方が正確だろう。娯楽の多様化により年々視聴率が落ちるのは当たり前。そういう風潮の中で、ほぼ20年ぶりに平均視聴率が25%を超えるという快挙を打ち立てた。
初回放送後の数字が発表された時に、スタッフは快哉の声をあげつつも不安が混じっていた。春、撮影があまりにも順調に進む中でも、プロデューサーは大きなプレッシャーを感じていた。それが夏になれば関係者たちは余裕の笑みを浮かべていた。初秋に撮影が終了した際の打ち上げは、キャストもスタッフも一緒になって騒いでいた。そして最終回は30%を超えた。
その功績は番組関係者全員が称えられるべきものだが、敢えてひとりの名を出すならばやはり主演の舞鶴千夜の名前が挙がる。
流石は若くして世界の映画賞を総なめにした天才女優だ。マルチな分野で人気と実力を兼ね備えた女王だ。
芸能活動において千夜はどちらかというと海外で認められ、大きな賞をいくつもとって来たタイプだが、国内でも十二分に通用することがこの大海ドラマで見える形で証明された。
問題があるとすると……舞鶴千夜が芸能活動に割り当てる時間がとても短いことだ。彼女の中の優先順位は将棋、学業があり、芸能活動はその後。芸能活動だって、音楽もやっているのでそちらとの時間の取り合いが発生する。今後専門課程に入り学業が忙しくなると、将棋の立場も盤石とは言えない。
これらについてはテレビ局や映画会社はもちろん、千夜の周囲を固める鎌田プロダクションのメンバーも同じ悩みを持っていた。
「今年の舞鶴さんの予定なのですが、今わかっていることとしては4月にキャンパスが移ります」
チーフマネージャーである明石沙菜が自分のメンバーと確認する。年末年始は忙しかったので、千夜の大学が再開してから全員がまとめて休暇を取った。今日が休暇明け最初のミーティングなので、事実上の仕事初めといってよい。
彼女たちは千夜の芸能活動をサポートしている。だから千夜が芸能活動する時間が短くなるとその分仕事が減るはずなのだけどそうなっていない。少ない時間を皆が獲りあうからだ。
「現在動いているメインの案件はレコーディングですが、状況に変化はありますか?」
大海ドラマの撮影中、千夜の音楽活動は相対的に落ちていた。千夜はこの1年間、時間の合間で多くの作詞作曲を行っていた。大久保や魚住のアドバイスでブラッシュアップされたそれらの楽曲はまだ世の中に出ていない。それらのうち、厳選されたほんの一部だけで素晴らしいアルバムが作れてしまう。
これはぜったいヒットする。この業界に長くいた魚住には詞と曲を見ただけでそれがわかった。あり得ないことだが、仮に無名の新人に歌わせても売れるに違いない。
だからレコーディングの企画自体は、鎌プロ内部で動いていた。だが大海ドラマに力を入れていたのであまり時間が取れなかった。去年の音楽活動はイギリスのグラスバレーフェスに参加してヘッドライナーを務めたり、プラスドムーブの1周年祭にどんどん動画をアップしているので、それが精一杯だった。
「そうですね。中々リリースできないのはもどかしいのですが、その分クオリティは上がっています。レコーディングも順調です」
「ゲストミュージシャンのスケジュールも順調に調整できています」
大久保の後にすかさず西が補足する。なお千夜自身は講義があるのでここにはいない。
今回のアルバムでは多くの楽器が使われる。これまで千夜のアルバムはあまりバックミュージシャンを使わない作品が多かった。弾き語りも多い。
だが春に発売されるアルバム、まだタイトルは決まっていない、には、国内はもちろん海外からも新進気鋭のスタジオミュージシャンが呼ばれる。レコーディングは千夜の空き時間を拾いながら行われるため、実際のレコーディング時間は短いが、収録の期間は多めに見積もられている。千夜の時間を2週間丸々抑えるというのは難しいからだ。
当然ながら他のミュージシャンたちはその期間拘束されるので、その期間分のギャラや滞在費が支払われる。だがそれらの費用は千夜がこのアルバムで稼ぎ出す金額に比べると些細なものだ。若手が多いのはお金をケチったわけではなく、彼らもこのアルバムのクレジットに名前を残したいと思って売り込みに来てくれたからで、レコーディングが無い日も熱心に練習してくれている。
だから西がブッキングに時間をかけているのは、スタジオミュージシャンではなくて、セッションする大物ミュージシャンたちだ。