232.プラスドムーブ(5)
▲3五桂
虎の子の持ち駒を使うのだから、金銀両取りのここしかないという場所。もちろん御厨先生にケアされているけれども、最悪金と交換できる。もし金が逃げたら、4三の銀を取って不成で王手にしてもよいし、相手の玉の傍に成桂を置いてプレッシャーをかけにせよ、どちらにせよ5二の金で取るしかないだろう。いずれにせよ有利だと思う。
もちろんそんなに静香の皮算用どおりに御厨先生は動いてくれない。4三の銀が3二に下がったので、大人しく金を取る。こちらの場合でも不成で王手をかけるが同銀で取られる。
もちろんこちらも終わりではない。2四歩と飛車先の歩をここで突いて歩切れを解消。当然同銀右で一段落ついたわけだけど、静香は手に入れたばかりの歩を相手の馬と飛車の間に打ち込んだ。同飛車なら7六金で馬か飛車と交換したいが、ここも飛車ではなくて馬で取られる。いやこれでずらすのが目的だから。あわよくばなんて考えてないから。
6一に馬を動かしたが、金を王の方に逃がしたので緩手だったかもしれない。89手目に3五銀。メチャクチャ初心者が相手ならば同銀とタダで取られてしまうけど、お返しに2三飛成でほぼ勝ちは確実。
だけど御厨先生はノータイムで2五歩。想定内の手だったということだ。飛車をおとりにして2四銀とするけど、冷静に同銀とされるので、飛車の前の歩を桂で取る。ここで御厨先生が考慮時間を使う。
ここまで来ると流石に先手持ちだと思うのだけど、御厨先生が何かを企んでいるのかもしれない。企んでいるとすると馬を切ってくる場合。その場合は飛車先のと金で王手をかけられることになるけど、金2枚の方に逃げることができる。そこまで進んだ時点で相手の駒台には銀2枚と桂馬と歩が9枚? それなら荒らされはするけど詰みはない。大丈夫のはず。
御厨先生は考慮時間を3回使ったうえで飛車を一段目まで落とした。7二馬と逃げながら相手の飛車にプレスをかける。これで飛車が逃げるかあるいはと金を作られる、だけどまだ耐えられる。そう思っていたのだけど、96手目は
4九銀だった。
そっち? 静香は虚を突かれたが、顔には出さない。まずは金を逃がす。飛車を取るよりもまず守る。8八歩成。後手の8一の飛車は相手の馬があるのでこの不成には利いていないので同玉で払うと玉頭に歩を打たれた。
大局を見ると静香に分がある。かつここは守り切れるはず。間違いさえしなければ静香の攻撃スイッチが入る。正念場だ。玉頭の歩を同金で払うが、今度はその金の前に歩を打たれる。これも金で取れば馬に食われるので金を横に逃がすしかない。その間に飛車に逃げられた。8四飛。流石の御厨先生もここからの無理攻めは意味がないと考えたのだろう。
よしここから反撃に出る。まずは小手調べに4三に歩を打ちこむ。取ってくれれば相手玉から金を離せるし、取られなければ相手陣内に橋頭堡を作ることができる。御厨先生は金を3列に動かした。また静香の予想は外れた。静香はノータイムで駒台からから金を手に取って4二に打ち込もうとしたところで、手が止まった。
同金、同歩成、同玉の一直線で有利を保ったまま進めることができる。でもこれは……
「25秒、6、7」
静香は金を駒台に戻した。
「天道七段、一回目の考慮時間です」
あと5秒の段階でもう指し手が決まっていたのだから、そのまま指せば良かった。このまま一分間読む意味は無いと思ったので、静香は最初の考慮時間を5秒しか使わずに次の手を指した。
107手目、1三桂成
この成桂は最初から動いていない1一の香車や2一の桂馬にも、また2四にいる銀でも簡単にとることができる。でも取られなければ2列に相手の玉が出ることはできない。そしてもう一つ。飛車先の桂馬が消えたので飛車がその2四の銀を狙える。もちろん避ければ2一飛車成で竜を切ることもできる。
この時点でほぼ静香の勝ちは決まったと思う。あとは間違えないように指すだけ。実際、後は形作りだけだった。同香、2四飛、7六桂で王手をかけられるが問題ない。同銀、8七歩成でまた王手される。同金、8六馬、
おっとこれは攻防に効く嫌な手だけど問題ない。気にせず4二銀、同馬、同歩成、同玉、4三歩で王手。
「負けました」
この119手目で御厨先生が投了、これで静香は冬の夕陽杯に続いて星雲戦も連覇になる。夕陽杯、公共放送杯、星雲戦に5回出場してそのすべてで優勝している。
なお前回優勝者である静香は、今大会ではブロック戦は第11回戦から出場している。前回の星雲戦のように予選から出て16人勝ち抜いたのに比べるとインパクトは薄いけど、それでも早差しなら天道が最強という印象を改めて将棋界に与えた。
今年はチャンピオンシップも獲るんじゃないか?
おそらく棋士たちも、メディアやファンも含め誰もがそう思ったと思う。だが静香自身はプラスドムーブに流すこの一戦の自戦解説で、いかに盛り上げるかだけを考えていた。御厨先生には申し訳ないけれど感想戦でできるだけ多くの事を聞きださないといけないと考えていた。