228.プラスドムーブ(1)
前回の戦績にこっそり聖麗戦を追加しました。
10月の静香は対局数が10局と過密日程だ。加えて非公式戦も1局ある。そして大学もあるし撮影も多いのでオフの日が無い。事務所でレッスンだけの日も無い。なお今月は関係ないが大学だけの日は仕事はオフとカウントする。将棋でも芸能人としても個人事業主である静香には、労働基準法は適用されない。持ち時間の短い棋戦の場合、指し終わった後に撮影のお仕事が入っている場合もある。
将棋でいうと、10月と11月で女流のタイトル戦が3つある。それらすべてを持っている静香は当然出場する。また10月からは白銀戦の予選でもある女流の順位戦が始まる。静香はいよいよB級になった。そりゃ同時進行中の順位戦のB2と比べると相手が弱いけど、それでも足をすくわれてもおかしくない相手だ。
だが待ち時間の間、静香は寝ることにしている。順位戦のように持ち時間が6時間と長い対局はもういつものことだけど、ここのところ持ち時間3時間ぐらいの棋戦でも相手が長考した場合静香は寝る。もうこういう生活に慣れてしまったからかもしれない。流石に寝過して切れ負けということは……少なくとも今のところはない。
なぜこんなに撮影が多いのかというと千夜のスポンサーであるプラスドクリップ社の動画サービス、プラスドムーブのためだ。今年の1月にサービスリリースしたプラスドムーブは、わずか半年余りで動画配信サービスの勢力図をひっくり返した。これまで1強だった業界を2強にして鎬を削っている。ここから年末、そして来年にかけて業界のリーダーとなるべく、多くの資金が投入された。その資金の一部が鎌プロと千夜にも流れ込んできた。
夏に発売されたアルバムのMVが今頃になってリリースされているのもその一環だし、千夜の他のスポンサーに目を付けたのもプラスドクリップ社だ。
千夜を昔からスポンサーしてくれている、滝山呉服店、ルイッチ、プレーン化粧品、アルバート自動車、テイラー証券。少し遅れて菱井物産。さらに現在は南北アメリカとヨーロッパ、そして南アジア、東南アジアを勢力圏としている大手流通企業のウィリングス、世界最強の製薬会社デイビス&デイビスが新たに加わっている。両者とも多額の契約料を鎌田プロダクションに提示した。
ウィリングスはこれまで手付かずだった東アジア市場への進出のための起爆剤として千夜を選んだ。日本はもちろんだが、中国への進出も視野に入れているらしい。
一方のデイビス&デイビスは千夜の本業(?)である医学生という立場についても支援をしてくれるという。卒業後の病院設立にも多額の支援をすること、病院の稼働後の新薬の開発についての協力も契約に盛り込まれている。難病の治療には製薬は欠かせない。世界最強の製薬会社が全面的にバックアップしてくれるというのは心強いというしかない。だって新薬の開発についても静香ではなくて製薬会社が持ち出しでしてくれるのは破格だ。
これらのオプションは静香が病院を設立できた場合に限り有効になるけれど、静香の理念に理解と協力をしてくれるというのは大変ありがたい。もちろん、それら一連の”好意”も宣伝に使われるのだけれどお互いにとってよい契約だと思う。
話が逸れた。
プラスドクリップはこれら千夜のスポンサー企業を巻き込んだ施策を打ち出した。つまりコラボだ。
滝山呉服店が提供する着物に身を包んだ千夜が日本の寺院の紹介をするような番組がコラボ企画としてプラスドムーブで放映されている。宣伝番組なので、当然滝山呉服店で着替える静香が映るし、最近、あるいは初期の千夜がアカペラで歌ったりするシーンが入る。
それがプラスドムーブで放映される。そしてそれは他の会社も一緒だ。場合によっては複数の会社のコラボだってある。それらの映像を撮るたびにお金が動く、再生されるたびにどこかでお金がチャリンと音を鳴らす。
そしてコラボ先には将棋界もあった。
将棋は古代インドのチャトランガを源流とするボードゲームのひとつだ。チェス、象棋、チャンギ、マークルック、オク・チャトラン、シットゥイン、チャトラジ、シャトランジなど親戚のような関係のゲームが世界各地にある。つまり将棋は日本独自のゲームだ。
将棋と同じような立場のボードゲームには囲碁があるが、あちらは現在では中国や韓国の方が盛況になっている。東アジアが中心とは言え国際的なゲームだ。
だから将棋の国際化は将棋界の夢だ。でもなあ。こればっかりは地道に普及するしかないんじゃないかな。少子化という逃れられない現状の中、国内の普及に力を入れた方が良いのではないだろうか? そう静香は思う。口には出さないけれど。