222.将棋チャンピオンシップ(5)
子ども大会の決勝戦では、静香は司会と聞き手を担当する。大盤解説は大御所の先生。なお双方の決勝戦はもちろんチャンピオンシップでも基本静香が聞き手を務める。例外は静香自身が指している対局のみ。
「みなさまお待たせしました。まず低学年の部の決勝戦を始めます。記録は山田初段、読み上げは筑波女流初段、大盤解説は杉山九段、司会と聞き手は私天道が務めさせて頂きます」
そういって静香は頭を下げる。拍手が止まる前に静香は司会を再開する。
「続きまして、主役である決勝戦に進出したおふたりに登場して頂きます。舞台上手、私どもの方に座るのが佐藤碧さん、下手側、私どもと反対側が鈴木陽翔さんです。小学校3年生どうしの対局となりました。みなさま盛大な拍手をお願い致します」
和服を着たふたりの小学生が入場してきた。
静香は両者が勝ち上がった対局を見ている。静香の見立てでは、実力は少し佐藤さんが上だけど、大きな差はない。当たり前の話だけれどミスが小さい方が勝つと思う。ミスの数ではなくて、そのミスが与えるインパクトが勝敗を分けると思う。
「それではどちらが先手になるか、読み上げの筑波女流初段、振駒をお願いします」
あらかじめ用意してくれていた筑波さんが振駒をして、その結果を教えてくれる。
「振駒の結果、佐藤さんの先手になりました」
「筑波さんありがとうございます。決勝戦は持ち時間はなく、1手30秒以内に指す必要があります。させなかった場合はその時点で負けになってしまいます。杉山先生、30秒はプロでも厳しい時間ですね?」
「私だと厳しいですね。天道さんはどうかわかりませんが」
「用意ができたようですね。それでは低学年の部、決勝戦の対局を開始してください」
ふたりの小学生が、お願いします、と互いに頭を下げあう。序盤から手は一気に進む。一手30秒どころか10~15秒程度でどんどん進んでいく。
「先手、佐藤さん、2六歩」
「後手、鈴木さん、5二飛」
「先手、2五歩」
「後手、3二金」
「先手、2四歩」
「後手、同歩」
「先手、同飛」
「後手、2三歩」
「先手、2八飛」
「後手、5四歩」
「先手、3六歩」
「後手、5五歩」
これ読み手は大変だなあ、チャンピオンシップの司会になってから静香はそう思う。静香も同じようなことをしているが片方だけだからセーフ? そう思いたい。
一方で静香もひとりで大盤の駒を動かしているのでせわしない。杉山先生はお年を召してらっしゃるので仕方がない。静香は駒を動かしながら聞き手の仕事をする。
「さて杉山先生、ここまでの展開についてですがいかがでしょうか?」
静香がこう聞いている間にも手はどんどん進んでいくので、読み上げに従って、駒を動かす。少し指し手のペースが落ちて来たので助かった。
「そうですね。後手が初手から中飛車という思い切りがいいですね。それに対し、先手は角交換を要求しました」
「ですが今、後手が18手目4四歩で角交換を拒否しましたね」
「で、そのまま中飛車が上がるという展開です。怖いですね。天道さんはどうですか?」
「私も怖いです。ただ30手目後手7六飛で、盤面だけですと若干先手有利ですが、後手の駒台に歩が3枚あるのでほぼ互角かと」
そう言いながらも静香は次々に大盤の駒を動かす。
「先手、7七銀引」
ああ、そっちいっちゃったか。ふたりとも、どちらかというと先手の佐藤さんだけど準決勝までの実力を全然出し切れていない。そりゃあこんな舞台で和服を着て対局するのだからプレッシャーかかるよね。読み手や大盤解説がつくのも初めてだろうし。
もちろんもっといい手があるなどとは絶対にこの場では言わないが。
「杉山先生、私大盤を動かしているだけで結構大変です」
静香が笑いを取りにいったら、ちゃんと客席から笑い声がする。ありがたいことだ。
「そうですか? 気がつけてよかったですね。天道さんはいつもこんな感じですよ」
杉山先生がちくっと静香を刺す。
「えっ? 大盤解説がつく対局でここまでの早指しは私も経験が無いと思います」
静香の反論を杉山先生が一蹴する。
「先日のチャンピオンシップ、あれは天道さんも月影王偉も徒競走かと思う勢いでしたよね。私はテレビで見てるだけでよかったと安心したものです」
月影先生は今調子が悪い。今王偉戦では櫛木さんの挑戦を受けていて既にカド番だ。このまま行けば櫛木さんは二冠。高校は行ってないそうだけど、高1世代だ。その頃の静香はまだ奨励会4級ぐらいだし、千夜だってまだバックダンサーや頼み込んで舞台を踏ませてもらっていた頃。
いやそんなこと考えている場合じゃない。
51手目先手3一飛成で、後手が同金。静香の中で先手持ちと後手持ちがくるくる変わるジェットコースターのような将棋だ。
「私の事はさておき、現在の盤面をどう見られてますか?」
「そうですね。天道さんではないですが、おふたりとも早く指しすぎだと思いますね」
その言葉が終わらないうちに先手が5八飛で王手をかけた。これはかなりインパクトのある一手、このまま終われば敗着になるのではないかな?
その後も両者とも失着はあったし、詰みの見逃しもあったけれど、102手目の後手7九角成で5手詰めに入った時点で先手が投了した。両者とも実力が出しきれなかったのが残念だけどまだ小学生3年生だからね。未来はまだまだ開けている。
「今後も将棋を好きであり続けて欲しいですね」
静香はそう言って低学年の部を締めくくった。
唐突ですいませんが、しばらく休載します。ここのところそれなりに忙しかったのですが、さらに研修を受けることになりました。勤務時間中に受けに行く研修ではなくて、勤務時間外に家で課題をこなすタイプの研修です。3か月間! おっさんが研修を受ける機会は貴重なので、いきなりの話ですが受けることにしました。
あまりに間隔を開けると書けなくなるし、〆切が無いとそれはまた書けなくなるので、しばらく月イチぐらいのペースで書こうと思います。次回は10月10日に掲載予定です。