218.将棋チャンピオンシップ(1)
夏から秋にかけて大学は休みになる。さらに言えば今年は対局も少ない。
昨年は7月から9月にかけて25局も指しているのに、今年は8月の半ばで11局。そんなに変わらないって? 8月はもう対局が無いし、9月は4局しかないので、15局で打ち止め。その分重要な対局が多くなった。
この前小田桐先生に負けた棋奥戦の敗者復活戦も重要だったし、9月になると始まる玉将戦の本戦リーグも強敵ばかりで息をつく暇もない。そして静香が今年初めて参戦しているチャンピオンシップもある。
チャンピオンシップは棋士の中から選抜された12人の棋士しか出れない。前回チャンピオンの御厨先生。あとは今年の2月時点でタイトルを持っていた棋士。御厨先生以外だと、櫛木竜帝、海老沢鋭王、月影王偉の3人しかない。そして残りの8人は、昨年度の獲得賞金ランキングの上位者から選ばれる。
静香は去年、夕陽杯、星雲戦、公共放送杯の3棋戦での優勝賞金が大きかったのでランキングに入ることができた。当然ながら女性では初めてだ。というか現時点ではまだ四段に達した女性は静香しかいない。三段リーグにも今はひとりもいない。蒔苗姉妹の妹も今は女流に活躍の場を移している。これはやはり静香が普及に貢献できていないことを示すという考え方もある。
医者の卵の大学生。アカディムア賞女優。グラマフのメジャータイトルをいくつも持っているミュージシャン。
芸名での活動も合わせて、あらゆる意味で静香は突き抜けた存在になってしまった。もし静香が高卒で将棋に専念していたら、もっと将棋の普及に貢献できていたかもしれない。静香の後に続こうとする少女たちがもっと増えたかもしれない。だが今の静香は完全に特異な存在で、後輩たちが目標とするような存在ではなくなってしまっていた。
でもそれは今さらな話でなので、静香は今の静香にできることに専念しないといけない。
そういう意味では現在進行形で行われているチャンピオンシップは良いと思う。何がいいかというとこの大会は小学生の大会と一緒に行われるからだ。そして大手飲料メーカーがスポンサーについている。流れるように鎌プロは飲料メーカー、そして主催者である地方の新聞社と将棋連盟から仕事を取って来た。チャンピオンシップ自体の司会とイメージキャラクターだ。
これこそ普及活動の最も重要な活動のひとつと言ってもいい。子どもたちへの普及は最優先と言ってもいいからだ。実際この子ども大会で好成績を収めて後にプロになった棋士も少なくない。他ならぬ御厨先生がそうだ。
だがこの仕事を受けたのは、鎌プロのみんなが静香の意思を尊重してくれたからだ。
ハッキリ言うと舞鶴千夜を使うには、あまりにも多くのお金が必要になってしまった。それこそ大海ドラマ並みの予算があれば別だが、それほどの大きな予算を使える仕事は決して多くない。だが将棋が絡めば話が変わってくる。将棋の普及関連のイベントであれば千夜を呼ぶためのハードルはガクンと下がる。今回鎌プロがこの仕事を受けたのも、静香=千夜がやりたがると思ったからだろう。
結果的に、この状況はある意味、静香の初めてのタイトルとなった女子オープン女王戦に似ている。挑戦者になるまでは芸名を使って、司会とイメージキャラクターと選手を兼ねた。今回は逆に選手としても司会者としても本名で登場するという形になる。でも将棋をやっている子どもや親、そしてチャンピオンシップだけを見に来るお客さんも、静香と千夜の関係を知らない人などいないだろう。
全国11か所で行われるので移動が大変だし、かならず週末がつぶれるというおまけつきだが仕方がない。なお気を使って頂いたのか、静香のツアーや期末試験直前は休みにして頂いた。
初っ端は6月、グラスバレーに行く前に広島から始まった。この年のチャンピオンシップの初戦であり、静香本人が月影先生と対局するので和装。
ある意味ここで負けたらあとは芸能人に専念できるわけだ。相手は月影先生だから負ける可能性は十分すぎるほどある。でもチャンピオンシップは持ち時間はわずか10分、別途考慮時間が1分が5回、使い果たせば1手30秒という超短期戦なので、恐れ多いことに静香を優勝候補に推す人もいる。
それに対戦するプロは夕方から対局とファンサービスをすればいいが、静香は朝から司会をこなさないといけない。そのあたりは不利だけど、逆に対局前には応援してもらえると思う。対局中はお静かに。
あの日の月影先生はなぜか集中力を欠いていたようで静香はあっさりと2回戦に進んだ。
そして8月は毎週日曜日にチャンピオンシップが開催される。静香は8月の頭に2回戦も勝った。これでベスト4。そして今日は札幌で櫛木竜帝対箱石八段の対局。純粋な棋力でいうと櫛木さんの方が上のような気もするが、箱石先生も静香と同じく早指しを得意としている。
このふたりの勝者と静香は10月に対局することになる。たまにはこういった高みの見物というのも悪くはないが、司会者は司会者で結構大変だ。