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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
206/284

206.ヘッドライナー(14)

さていよいよ千夜の本番である最終日が来た。目覚めた途端大音量が千夜の耳に響く。何が起きてるの、これ?


「あ、静香起きたみたい。おはよー」


美桜が体を起こした静香を見つけた。その時キャンピングカーの窓から外が見えた。昨日までの晴天がウソみたいな土砂降りが地面に降り注いでいる。当然キャンピングカーの屋根にも降っているわけだから、これがどうやら大音量の原因らしい。


「おはよう。確かに雨って予報だったけど何なのこの大雨」


「ついさっきまではこんな大雨じゃなかったのよ。純子大丈夫かな?」


「えっ、純子ってもしかして朝からステージ見に行ってるの?」


「ううん。私たちのごはんを取りに行ってくれてるの。傘は持って行ってるけど、とりあえずこの土砂降りが終わるまでは帰ってこなくていいって電話しよ」


別にステージを見に行ってくれていてもよかったのだけど。でも、自分のために朝ごはんを取りに行ってくれている友人に酷いことを言ってしまった。美桜が電話している間、静香は着替えながら心の中で純子に謝った。


土砂降りは10分程で通り過ぎ、またしとしと雨に戻ったところに純子が何も持たずに帰って来た。


「あれ? どうしたの?」


と美桜が聞く。


「味気のないサンドイッチ食べるより、みんなでカフェテリアで食べた方がいいかな、と思って帰って来た。スージーが席を取ってくれているから。今から行けば大丈夫」


カフェテリア? そんなものがあるんだ。千夜たちは純子の案内で着いたところは昨日、ビーンたちと夕飯を食べたテントだった。そこにアーチストやスタッフたちが食事をしていた。


静香たちのキャンピングカーの運転手で、コーディネーター兼ライター兼フォトグラファーのスージーが4人分のテーブルを確保してくれている。


『おはようスージー。ありがとう。さっきはひどい雨だったわね』


『おはようシズカ。今日は昼過ぎまで雨の予報だから大変ね』


夏でもイングランドの太陽はそこまで高度が上がらない。だが朝は早く、夕方は遅い。昨夕このグラスバレーの陽が落ちたのはケイトのライブが始まる少し前。アンのゲストに出た時はまだ日が落ちる前、長い夕暮れの最中だった。


『じゃあ静香がステージに上がる頃には、アコースティックな楽器も使えるわね』


これは純子。


楽器は雨に弱い。プロであれば、野外フェスの時にはわざと安物の楽器を用意する人だっている。楽器は木でできているので、これはエレキでもアコースティックでも同じだ。電気を使うエレキの方がより拙いか? いや、アンプを使うならどうせ一緒か。いずれにせよ、全部ばらしてメンテナンスしなければいけない。


同じようにマイクも雨に弱い。ただ有線のものなら無線のものよりも丈夫で安いから、多少雨が降っていても歌い続けるボーカルは何人かいる。


だから屋根の下から動けない。千夜のようにソロアーチストだとあまり動きが無いけど、それでも全く動けないのとは違う。昨晩静香はケイトのゲストで起きるのが遅かったから、もうステージによっては今日のライブは始まっているはずだ。


先ほどの土砂降りに見舞われたアーチストたちはさぞ大変だっただろう。あれだけの雨なら臨時の屋根も役に立たない。もちろん観客もライブどころでは無かっただろう。延期になったと思うけど、無事再開できたのだろうか?


ブランチから戻った後、静香はもう一度練習する。ケイトが来てくれるところ以外は全部ソロだから間違ったらすぐにわかる。純子と美桜も付き合うと言ってくれたけど悪いので、ふたりがいてくれると安心だけど、ひとりの方が集中できる。だからどっちでもいいよ、と言っておいた。


じゃあちょっとステージ見て来る。そう言ってふたりが出て行く。多分ふたりは「カップケーキ」に行くだろう。そこがどれくらい濡れているのかを調べて教えてくれるのだろう。千夜はしばらくギターとベースに打ち込んだ。


暫く練習した後は休むことにする。今は13時を回った頃。夏時間なので日本との時差は8時間、だから21時過ぎか? 今日誰か対局してるかな、調べてみると王者戦の決勝戦が行われていた。持ち時間5時間のチェスクロック方式だからもう終わっていてもおかしくない時間帯だ。


今の王者は御厨先生。それに挑むのは、櫛木竜王か石鎚いしづち七段。


石鎚七段は静香が奨励会員だった頃に、奨励会の幹事を務めてらしたのよく知っている。盤面は櫛木さんに有利だが、石鎚先生の玉の守りは堅い。金駒かなごま6枚を守りに使っている。多分途中から持ち駒をどんどん守りにつぎ込んだのだろう。一方櫛木さんの玉の周りはすかすか。


それでも静香が櫛木さん持ちなのは、大駒が3枚、銀が1枚、桂香合わせて6枚を櫛木さんが持っているからだ。そして時間も石鎚先生はもう使い切っているが、櫛木さんにはまだ数分残っている。


だがこのまま櫛木さんが攻めきるのは難しいだろう。このままだと取られてしまう角を戻して角成にし、攻防に効かせるのが一番バランスが良いのではないかと静香は思う。


いや……角は見捨てて、3四香打だと相手の金駒を剥がすところまで攻めが続く。その後で角を戻した方が有利か。櫛木さんはここで残り少ない持ち時間を使い切るつもりのようだ。


ダメダメ。これは最後まで見てしまう奴だ。千夜は今ライブのリハに専念するべきだ。


千夜は休憩を終えて、スマホを消し、静かな雨音が屋根を叩くキャンピングカーの中で、今晩のライブの脳内シミュレーションをすることにした。

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