203.ヘッドライナー(11)
こうして、静香たちは無事に舞台を降りた。降りた途端4人の高校生たちと向かい合った。
『みんなすごく上手いね。俺たち上手く支えられたか自信がないよ』
『いやいや、ほぼ本番一発であんなに上手く支えてもらえるとは思わなかったよ』
3人を代表して、なぜか静香がフォローした。
『それにしても、帽子の子飛びぬけて上手いよね。歌手を目指してるの?』
『目指しているのは医者よ』
ここではそう言っておこう。
『3人ともしばらくイングランドにいるの?』
『明日のフェスが終わるまでね。その後はアイルランドに1日だけ行って、その後は日本に帰るわ』
今度は美桜が言ってくれた。
『そっか残念。また会えたらいいな。連絡先を交換しない?』
静香はちょっと怯んだが自分のプライベートの連絡先を交換した。メッセージアプリは静香が使っているものと違ったので、新しいものをインストールした。
「いやあ、大人だと思ったら高校生だったとは思えなかったね」
「そう? 私は最初から年下だと思ったよ。静香の方が外国人慣れしているはずなのに不思議ね」
というのが純子の弁。一方の美桜の分析はこうだ。
「静香は仕事で、大人の人とばかり付き合いがあるでしょう? たまに同世代がいても、大人の世界で仕事をしている人だから普通の人じゃないよね。だから外国人だと同世代かどうかがわからないんじゃないかな」
確かに美桜先生の言う通りかもしれない。
その後静香たちは売店で昼ごはんを食べて、その後「アイスクリームサンドイッチ」や「ジンジャーブレッド」など中規模のステージを覗いたりした後、「ドーナツ」や今日明日ステージにあがる「カップケーキ」のライブをかなり後ろの方から見た。
この大観衆に向き合わないといけない。今日はケイトのゲストだけど、明日は千夜がヘッドライナーだ。
千夜は気を引き締めてから、関係者しか入れないこれら大規模ステージのバックヤードに入る。当たり前だけどパスを見せたら入れてくれる。
さて、まずはビーンとの夕食の時間が迫ってきている。まずは、明石さんに連絡してから、ビーンに呼ばれた場所に行くことにした。ビーンに呼ばれたのは結構な大きさのテント、中には見たことのある顔が何人もいる。
これってパーティじゃない? ちょっと待って、私着替えてから来た方がよかった? 静香はそう考えたが引き返す間もなく知り合いに捕まる。
『ハイ、チヨ。まさかその恰好で一般客に紛れ込んでたんじゃないよな?』
スタンリー=ブラウン、海外のミュージシャンの中では最も早く千夜に曲を提供してくれた大恩人でもある。彼もビーンに呼ばれているらしい。
『ハイ、スタン。意外と気が付かれないものよ? 「ティラミス」の舞台にも飛び入りしたけど、全然騒がれなかったわ』
『マジで? おーい。チヨの奴「ティラミス」に飛び入りしたんだってよ』
スタンが大声で叫ぶ。いくら大きいと言ってもテントだから、シンガーソングライターの声はテント内外に響いたに違いない。スタンの声に周囲がどよめく。
『えっ、それで大丈夫だったの?』
『全然騒ぎにならなかったですよ』
『来年、私も飛び入りしてみようかな?』
『やめとけよ。チヨは上手く化けてるから気が付かれなかったんだろ? 声も普段と変えて歌ったんだろ?』
『手は抜かなかったけど、まあコーラスだったし、歌った曲も「スカボローフェア」だから私だとわかりにくいだろう、とは思ったわ』
ビーン、アン=フェンティ、そしてケイト=オブライエン。今日挨拶しておこうと思った面々が揃っている。他にも話したことのない大物アーティストが揃っている。
ここで同時に挨拶できるのはよかったと思いながら周囲を見ると、流石の純子と美桜も千夜から離れた場所に移動していた。
『純子、美桜、こっちに来て。みんなに紹介するから』
ふたりは少し驚いた顔をしたが迷わずにこちらに来た。千夜ならともかく静香には絶対無理だと本人でも思う。
『このふたりは私の大学の友人で、こっちが純子でこちらが美桜。今回のフェスに、私と一緒に日本から来てくれたの。「ティラミス」の舞台にも一緒に上がったのよ』
千夜は静香スタイルのままだから、普通にこのふたりのほうが業界の人のように見えるはずだ。実際上手く周囲から話しかけられるとそれに臆せず、談笑している。ふたりとも本当にコミュニケーションの達人だ。
『で、チヨさぁ、そのままで私のステージに上がってよ』
ケイトがそんなことを言って来た。
『絶対いや』
『どうして? その方が聴衆にウケると思うのよ。私のアーティストとしての直感がそう告げているの』
千夜は面倒なことになったなと思いながら、近くにあったサンドイッチを口に放り込んで、行儀悪く言い返した。
『次からこの服装も髪型も使えなくなるじゃない』
『そんなのウィッグでもなんでも使えばいいじゃない。ね? そうだ、あとチヨの本名と日本のチェスのタイトルを教えてよ』
『絶対に嫌』
千夜はサンドイッチを頬張りながら断ったが、ケイトは折れないだろうなと思った。