202.ヘッドライナー(10)
順番は後ろの方だけど、1曲で交代するから回転は速い。この舞台に立とうっていうのだからもちろん上手い人が多いけれど、子どももいるし、はっきり言って下手だけどおもいっきり大声で歌う人もいる。とても上手なソロギタリストもいるし、これが初めての舞台だという中学生もいる。静香はひとりひとり舞台を去る人に思いっきり拍手をした。
いいね。
申し込みの時にどれだけできるか聞かれたそうだけれど、単なる質問だったようだ。
日本だと将棋関連で静香スタイルもそこそこ有名になってしまったので、本当の芸能人みたいに、顔を隠すように電車にのることが多くなってしまった。自信過剰かもしれないけれど。
それが海外だと千夜の顔は知られていても、静香の顔は知られていないからこのように舞台に立つこともできる。でも帽子を脱ぐとバレるかもしれない。舞台で帽子をかぶっている人は少ないけれど、いないわけではないので、静香もかぶったままにする。
『「ティラミス」? まさかそこで飛び入りするわけじゃないよな。パニックになるぞ』
今日の夕食を約束しているビーンがそう言っていたことを思い出した。極力目立たないようにしよう。幸い他のメンバー、純子や美桜も国際基準でも美人だし、音楽学校の高校生の4人組も大人っぽくて目立つ。静香は端っこで頑張ろう。
どんどんいろんな人が出ては、思い思いの歌や演奏を見せてくれる。
『そろそろ順番だからステージ脇に行こう。時間は押してるけど、僕らの次かその次までは回って来るね』
申し込みしてくれた子が言うので静香たちはステージ脇へと向かった。そして待っている間に、運営の人が来た。静香たちにでは無くて、その後ろの組の老夫婦に。
『残念だけど、この前の組で終わりだ。申し訳ないね』
おそらくこの老夫婦はとてもがっかりするだろう。なんなら変わった方がいいんじゃないかな。静香が皆に相談しようとする前に、老夫婦の会話が聞こえて来た。
『そうか、残念だな』
『一昨年出たからいいじゃない、また来年来ましょう』
去年は開催されなかったから、この夫婦は毎回参加してるってこと? この近辺にお住まいなのだろうか。まあおかげで静香の心的ストレスは減った。でもこの飛び入りステージの最後を務めるのか。あまり不甲斐ないところは見せられないと静香は思った。
そしてとうとう静香たちの番が来た。
『それではいよいよ最後のグループになります。名門プラッセル音楽学校の生徒による無伴奏のコーラス。曲は「スカボローフェア」です』
まばらな拍手が会場から湧く。会場は少しづつ聴衆が増えてきているのが舞台の上からだとよくわかる。これは「ティラミス」で行われる次のライブを目当てしたお客さんたちだ。
それにしてもちょっと待って、私たち女子3人もプラッセルの生徒だと思われているの? ハードルが上がってない?
4人の高校生は客席に手を振ったりして入って行く、純子はもちろん、美桜も手を振ってる。これ私も手を振らないといけない奴だ。
そしてマイクの前に立つマイクは3本しかないので、テナーに2本、ソプラノに1本。女子3人の真ん中は美桜。静香の顔を見れる人は少ないだろう。
『女声からメロディを歌ってよ。俺らがそれに合わせるからさ』
事前にそう聞いていたので、純子と美桜と三人でタイミングを合わせて歌い始める。
Are you going to Scarborough Fair?
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Remember me to one who lives there,
For she once was a true love of mine.
この曲、いろんなバージョンがあるけど、今回歌うのはこれ。
純子と美桜は元々ソプラノ。静香は本来アルトだけど、一応プロだからふたりをむしろリードする。コーラスだから目立ってはいけない。むしろふたりを引きたてるような歌い方をする。
そしてテナーを務める4人も、さすが器楽が専門とは言え音楽学校の生徒だけあって、しっかりと私たちを支えてくれる。練習余裕があれば2-2-1-2 もできたかもしれない。デュエットもできたかも。
まあでも、今日初めて会った人とこうやって舞台に立てるのはやはり素晴らしい。音楽はやっぱり素晴らしい。
そして歌っている最中にも次々に観衆が入って来た。「ティラミス」の次のライブを目当てにしている人たちは結構多いようだ。
If you say that you can't, then I shall reply,
Parsley, sage, rosemary and thyme,
Oh, Let me know that at least you will try,
Or you'll never be a true love of mine.
最後は少し引き延ばして1曲を終わらせた。予想以上に多くの拍手を貰えたのは、観客が増えたためだろう。
『プラッセル音楽学校のみんなありがとう。それではこれで今年のOpen micは終了だ。みなさん引き続き「グラスバレー」をお楽しみください』
司会者の声がする。そう、千夜にとっての「グラスバレー」はこれからが本番だ。
またか、と言われそうですが、いろいろ立て込んできたので、約一ヶ月休載させて頂きます。
次回更新は6月13日を予定しております。申し訳ないです。