200.ヘッドライナー(8)
純子と美桜たちが青年たちと楽し気に話しているのを横目に、静香はライブ会場、実際は農場の一部、の端に寄って、グラマフの会場でチェスを指した相手の一人であるロック界のスター、ビーンに電話をした。直接電話するのって初めてだと思う。
『ハイ、チヨ。元気?』
前に話してから随分時間が経ったことなど気にならない調子で明るく返してくれる。
『ハーイ。元気よ。私は1時間ぐらい前に「グラスバレー」に着いたのだけど、あなたもまだ「グラスバレー」?』
『ああ、悪いけど明日の朝には出るけどね。今どこにいる?』
千夜のライブは明日の夜だから、悪いって言うのはそれには出れないってことだろう。
『今は友達と一緒に初めてのグラスバレーを見学中。今は「ティラミス」にいるわ』
『「ティラミス」? まさかそこで飛び入りするわけじゃないよな。パニックになるぞ』
飛び入り? そう言えば 最初のパフォーマーの次に「Open mic」とあった。まさか美桜がここに来たいと言ったのは……静香の中にある疑念が浮かんだ。でも流石に事前登録だろうし、楽器も持ってきてないから無理。
『そんなつもりはないんだけどね。友達に誘われるままに「ティラミス」に来ただけだから』
『そうか、俺は今、ゲストに出るために控室で出待ちしているところだ。また後で連絡するよ。友達も一緒に早めの夕飯でも食べようぜ。チェス盤も持って行くからさ』
早めの夕食というのは、静香がケイトのライブに出ることを知っているのだろう。
『先約がないかだけ確認するわ。忙しいところありがとう。じゃあね』
そう言って千夜は電話を切った。こうやって旧交を温める機会があったのは良かった。いきなりだけど、連絡して良かった。そう思って美桜たちの方を振り返った。相変わらず楽しそうにしている。それは良いのだけど、ちゃんと念押しをしておかなければならない。
『静香、どうだった?』
それまで男の子たちと楽しく話していた純子が聞いてくる。
『知り合いに電話したら、友達も一緒に早めの夕ご飯を一緒に食べないかって誘われたのだけどどうする?』
『いいじゃない。行くわ』
『私もそうするわ』
純子と美桜がそれに応じる。この好男子たちにも声をかけるべきか? 少し迷ったが静香は声掛けすることにした。
『って、話だけど皆も来る?』
でもやはり消極的な誘い方になったのが伝わってしまったのかもしれない。
『そうだね……』
『でもライブの場所とりしないと……』
『うん。俺たちは俺たちでやりたいことがあるから、夕飯は遠慮させてもらうよ』
静香は内心ほっとしつつも、そう、とうなずいた。
でもライブってもしかしてケイトのじゃないよね? いや、アンにもなし崩し的にステージに連れていかれるかもしれない。そのどちらでもないことを静香は願った。
ちょうどここで、ステージでライブの準備が整ったようだ。美桜に釘を指せなかったのは気になるけど、ライブ中に話をするのも野暮だ。静香は草地に座ると思いっきり拍手をした。
さすが「グラスバレー」に招待されるだけあって、小さなステージの午前中にも関わらずバンドの演奏のレベルは高かった。午前中の「ティラミス」でこのレベルのパフォーマンスが聴ける。それなのに客席(草地だけど)はまばら。私「カップケーキ」で最終日の最終パフォーマンスを務めるヘッドライナーだけど大丈夫?
「ティラミス」は1000人ちょっと。詰め込んだらもっといくだろうけど。「カップケーキ」は10万人の人数を収容できる。つまりここの100倍!! ガラガラだったら泣いちゃうかもしれない。
そしてライブが終わって拍手をしている時に、美桜が立ち上がった。
『私、あのバンドのメンバーのひとりと知り合いだから、もし可能だったら話しかけて来るわ』
『そうなの?』
静香は美桜に疑って申し訳なかったと思った。
『メンバーと知り合いなのか、スゲーな』
『俺たちも一緒に行こうぜ』
『そうしよっか』
あれ、これ私も行く流れ? 静香だけ残るとは言い辛い空気が漂っている。静香も立ち上がって後について行くことにした。
『ステイツにいた頃、友達が凄いファンでね。彼らもまだ無名だった頃に何度か会ってるのよ』
美桜がそういいながら歩きだし、静香もそれについて行くことにした。
静香は軽く挨拶しただけで、美桜たちの話をただ聞いていた。その時いきなりバンドのメンバーに話しかけられたので驚いた。
『シズカ・テンドウって日本のチェスプレイヤーと同じ名前だよね』
『そうなんです。日本のショウギをご存じなんですか?』
静香はさり気なく聞き返すことができた。おそらく彼は舞鶴千夜の本名と本名で活動している将棋のことを知っているに違いない。だが今の静香のビジュアルと合わないので鎌をかけているのだろう。多分うまく演技ができたはずだ。こういう時に演技の勉強をしていてよかったと思う。