199.ヘッドライナー(7)
「静香はフェスに参加するのは初めてなの?」
純子の問いに静香が答える。
「いや、去年はクロアチアのフェスに参加したわ。でもステージだけだったから、こうやって参加者として参加するのは初めてね」
「そうすると私が一番参加回数が多いわね。日本で1回、アメリカで2回フェスに参加したわ」
美桜がそう言うので、ここは経験者に聞いてみよう。
「じゃあどこから回ってみる?」
静香はこの時間帯は友達とフェスを楽しむとしか決めていない。一方のふたりはそれなりに計画していた。
「はいはい。この時間だと私はこのステージに行きたいな」
意外なことに美桜が指さしたパンフレットは「ティラミス」と言って比較的小さなステージだった。
3人で英語混じりの日本語で楽しくおしゃべりしながらアコースティックのステージへ向かう途中、4人組の若い男性たちに声をかけられた。
『仔猫ちゃんたち、どこに行くの?』
仔猫ちゃん? 日本語で書くと違和感ありまくりだが、英語だとそんなに恥ずかしい気がしないのは母国語じゃないからだろうか?
『私たちは「ティラミス」を見に行くの。あなたたちは?』
ちょっと純子さん、笑いながら答えてるんじゃないよ。
だが考えてみると純子も美桜もすごくオープンな性格。特定の彼氏はいないけど、男友達は何人もいる。その男友達の何人かが、純子や美桜に好意をそれとなく、あるいは露骨に伝えるもふたりが上手くあしらっている現場を静香は何度も見た。このふたりは静香よりもコミュ力が高い。少なくとも異性に対しては。
だからもしこの手のナンパというか、声掛けが有った場合、純子や美桜がまあちょっとぐらいいいか、と受けることはわかっていたはずなのに、心の準備が静香には全然できていなかった。
『じゃあ俺たちも「ティラミス」に行こうかな。だれかお目当てがいるの?』
幸いなことに、男たちのターゲットは純子と美桜に分かれている。三つ編みでサングラスにつば広の帽子を深くかぶっている静香にはあまり声がかからない。ちなみにサングラスと帽子は6月末のフェスだと普通だから別に目立ってはいない。純子と美桜もグラサン。ただ帽子は被らずに日焼け止めを塗りたくっている。
ティラミス・ステージに行く途中、4人組は純子と美桜に主に話しかけている。だからといって静香に話しかけてこないわけではない。この青年たちもフレンドリーで、静香にもちょくちょく話しかけて来る。
『えっ目当てのアーティスト? そ、そうね。やっぱり今日だったら、アン=フェンティとケイト=オブライエンね』
ふたりともグラマフで出会った大物。千夜はアンとも連絡を絶やさないようにしているが、ケイトとは頻繁にやりとりしている。というか今晩千夜はケイトのステージにゲストとして立つ。そして明日はその逆だ。
『どちらも大スターだね』
青年たちは優しい。ミーハーだね、とかそんなことは一言も言わないし、屈託のない笑顔が眩しい。これが本物のコミュ強か。さすが世界は広い。だが静香も一応はこのエンタメ業界のプロであるからして、逆に聞いてみたい。
『みんなのお目当ては誰なの?」
『俺は、先ほどシズカが言ったふたりもそうだけど……』
ちゃんと静香へのフォローから始まって、様々なアーティストの名前が並ぶ。知らないアーティストから親しくさせている方々まで名前が並ぶ。ちょっと待って、私その方々に挨拶しないといけないんじゃないの?
ケイトは後で確実に会うからいいとして、可能であればアン=フェンティにもご挨拶をしておかないといけない。彼女も今晩たしかケイトの前だったはず。昨日や明日に出番のある顔見知りもいるはずだ。こうやって遊んでいる場合ではないのでは? ということに静香は気が付いた。
でも友達と遊ぶのも大事だしな。交通費含めてこちら持ちとは言え、講義をサボって来てもらっているわけで。とりあえず、今日と明日、ライブがある方々の所には顔出ししようと静香は考えた。
7人は無事に「ティラミス」についた。途中で馬鹿でかいメガステージを見たせいだろう。とてもこじんまりとして見える。まだ午前中だからだろうか、客入りはまばらだ。ステージはそろそろ始まるところなのでちょうどいい時間だ。7人は比較的前の方に陣取った。
その間に静香はプログラムを確認して知り合いの名前とその時間を探す。
アンもライブは夜、ステージはメインの「カップケーキ」で時間もケイトの前なので、一緒にご挨拶すればいいか。あとは、静香に曲をいくつも提供してくれているスタンリー=ブラウン、イギリス人の大物だから当然参加しているが、ライブの時間が千夜の時間と少し重なっている。彼のステージは「カップケーキ」のそばにあるサブメインの「ドーナッツ」なので明日本番前に早めに挨拶をしよう。後、面識があるのはロックスターのビーン、彼は昨晩「カップケーキ」でライブをしているはずだけど、まだグリーンバレーにいるだろうか? 手あたり次第に探すには広すぎるから絶対に無理。
仕方がないので、皆に断って席を外し、ライブが始まる前に電話することにする。