198.ヘッドライナー(6)
「羽田でも思ったけど、イミグレに並ばなくていいのもいいわねえ」
「ホント、ベッドもそうだけど、世界は金持ちに優しすぎるわ」
ハッキリ言ってこのふたりも十分富裕層だと静香は思う。ビジネスジェットはロンドンから少し離れたファーンボロー空港に降り立った。ロンドン中心部と『グラスバレー音楽とパフォーマンスフェスティバル』会場のおよそ真ん中あたりにある。2年に1度、大規模な航空ショーの会場になるが、普段はビジネスジェットなどが使うことが多い。
私たちが降りた後、クルーはこのファーンボロー周辺で休んでもらうのだけど、明後日の夜には私たちをアイルランド西方のシャノン空港でピックアップしてもらうので、そんなに余裕はないはずだ。
居並ぶビジネスジェットの中には、今回の『グラスバレー』に参加するアーティストが使っているものも多いだろう。現に今、空港の外でトラックからドラムセットやピアノを下ろしている一団がいる。
「この時間にここにいるってことは、遅くとも昨晩には『グラスバレー』を出たってことね」
「初日の出演者なのかな。お忙しいことねえ」
「ふたりとも忘れてるかもしれないけど、私も今晩舞台に立つんだからね」
今晩はケイトリンのステージのゲストで、千夜の本番は明日の夜だけど。
駐機している機体の中で、千夜が乗って来た機体が大きいのは、単に航続距離の問題で、多くのスタッフや楽器を載せているからではない。だからトラックも使わず、会場入りにはキャンピングカーを使う。大久保さんたちが楽器を持って空港から出て来るのを見計らったかのように2台の大型キャンピングカーがすぐそばに停車する。
大久保さんと高跳さんが2本ずつ、そして明石さんが1本持ってくれるので千夜は自分の荷物だけ。そして二手に分かれてキャンピングカーに乗り込んだ。もちろん静香は純子と美桜と同じ車に。そして明石さん、大久保さん、高跳さんがもう一台の車に乗る。
『わお! キャンピングカーも豪華ね! 私がアラスカで乗ったキャンピングカーはもっと狭かったわ』
『でしょ? 私もこんなに豪華なキャンピングカーを運転するのは初めてだわ。私はスージー。イングランドにようこそ』
スージーは元音楽雑誌の編集者で、今回は菱井物産に運転手兼コーディネーター兼ライター兼フォトグラファーとして雇われている。なんでもできる万能お姉さんだ。
お互いに挨拶と自己紹介をした後、スージーが静香たちに訊ねる。
『三人はイングランドは初めて?』
『私は初めてですね』
そう答えたのは静香だけで、純子も美桜も当然初めてでは無かった。
『グラスバレー・フェスティバル』は世界最大級の野外音楽フェスだ。日帰り客もいるが、多くの観客はテントを張って野宿する。千夜に与えられた時間は21:45~23:45だから随分遅く感じるが、もっと遅いライブだと夜中の2時から始まるのだってある。ちなみに朝は10時からだから現地に着く頃にはちょうどそれぐらいの時間になるはず。
だが、思いのほか道が空いていたので現地には早く着いた。このフェスにはキャンピングカーで来ている観客のためのスペースもあるが、その人たちは別のゲートを使う。千夜の一行はオフィシャルの車だけが入れるゲートなのでスムーズに会場入りすることができた。
『ゲートくぐってからも本当に広いわね』
会場に入ってから、車は徐行運転。
『世界最大級のフェスですから、本当に広いわよ。雨の日なんかテントから会場に来るだけで、クタクタになるわね。取材する立場になると、キャンプの場所などは優遇してもらえるので楽になったけど、そんな私もスタッフとしてこのフェスに参加するのは初めてね』
『グラスバレー』に参加するのは子どもの時から数えると軽く10回を数えるというスージーが答える。スージーは苛立ちも見せずに、周囲の歩行者に気を付けながら、ゆっくりと大型キャンピングカーを操る。
『しかも至る所人だらけ、この人たちいつ寝てるの?』
まだ9時過ぎだから最初のライブが始まるまでもまだ1時間近くある。千夜が使うメインステージだと12時からだからもっと遅い。
『早く始まるステージに行く人もいれば、メインステージで早くから場所取りする人もいるのよね』
そういう意味では、パフォーマー以上に大変だ。
『初日から最終日までずっといる人はどれくらいなのかなあ』
この道は人も通っているから徐行だ。わたしたちの前に明石さんたちが乗っている同じタイプのキャンピングカーがあり、その後をこの車がゆっくりと進む。
『どうでしょね』
ロンドンなまりの英語でスージーが答える。
高跳さんは飛行機には詳しいがフェスにはそれほど詳しくないから、こうして現地スタッフとしてスージーが雇われている。彼女はここについてからの方が大変だ。彼女が書いた記事が菱井物産の宣伝に使われる。具体的には菱井物産のSNSなどで拡散される。おそらくスージーは、千夜以上にものすごく忙しくなるのだろう。
ちなみに前の車のドライバーは旅行ガイドの女性で、この方にも私のプライベートに関する様々なコーディネートをしてもらっている。この方は私たちが空港に着くまでの事前調整が非常に面倒だったはず。この『グラスバレー』でもスージーの助手をするらしいので決して暇ではないはずだ。
暇なのは私たち学生3人だけ。ケイトリンのライブまでまだまだ時間があるので、思いっきりフェスを楽しませてもらうつもりだ。
ゴールデンウイークに入りましたね。全然気が付かなったのですが、4月に本作品の連載を始めて1年を超えていました。こんなに長期間続けたのは初めてかな? たびたび休んでいるからなんですが……
というわけでいつものように連載終了済の作品の宣伝をします。ご興味のある方は是非ご一読いただけるとありがたいです。
そして面白いと思って頂ければ、ブックマークやポイントを頂けるとやる気が出ます。
なお話数やポイント数はゴールデンウイーク初日(4月29日)に確認した時のものです。
音楽室と体育館 全169話 570pt
https://ncode.syosetu.com/n7547gz/
バレーボールをこよなく愛する音楽教師の主人公最強もの
ミスターフルベース 全16話 464pt
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高校球児が甲子園で起こす奇跡のワンプレーのお話
宰相の失脚 全17話 138pt
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ナーロッパの成り上がり系のお話
リージア顛末記 全14話 96pt
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ナーロッパ世界で国王が4人の王女のうち、最も王配として優れた婚約者を連れてきた娘を後継者にしようとするが……これだけ前回(大晦日)からポイントが減ってる!
桜の下の彼女 全12話 74pt
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毎晩、幼馴染の女の子に酷いことをしてしまう夢を見る男の話。
あと今更ですがブログを始めました。
「ててとの言い訳」
https://blog.goo.ne.jp/kuttaku
以上です。