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みんなで私の背中を推して  作者: 多手ててと
後編:大学生編
197/284

197.ヘッドライナー(5)

「うわぁ、これは凄いわ」


「ファーストクラスがチャチに思えるわね」


今回静香が友人を連れて来ることを事前に言っておいたからだろう。今回のイギリスのフェスへの参加のために、高跳たかとびさんがものすごく大きなベッドのあるビジネスジェットを用意してくれた。


「静香は普段このベッドをひとりでつかっているんでしょ? 贅沢よねえ」


いやいやいや。


「私一人の時は小さなベッドよ。今回はスポンサー様が気を利かしてくれたのよ。というか私、ファーストクラスどころかビジネスすら乗ったことないのだけど、美桜はあるの?」


「あるわよ? 家族で日本に里帰りとか定期的にするじゃない? そうするとやはり飛行機会社のお得意様になれるのよ」


「それでアップグレードするんでしょ?」


純子の突っ込みに美桜がうなずく。


「だからビジネスからファーストに、っていうのは何回かあったわね。純子も?」


ふたりしてうなずきあっている。っていうか「ビジネスクラス」に座るのがスタンダードなのか、このふたりは。


「私はエコノミーしか無いわね」


すこし僻みっぽい言い方になったかもしれない。するとふたりがニヤニヤと嫌な笑い方をする。


「いやあ。こんなビジネスジェットで世界を飛び回っているお方に言われたくは無いわね」


「まったくだわ」


いや、それとこれとはまったくの別物。そこははっきりさせねばならない。


「いやこれは仕事よ? 今だってあそこでカメラが回っているでしょ。今はビジネスジェットの良さをアピールするのが私の仕事」


「仕事ぉ?」


「もしかしたらじゃなくて私たちも撮影されているのよね?」


「ふたりがOKを出せばネットCMに上げられるかもね。もちろん拒否してもいいわよ」


ここでカメラマンの横にいた高跳さんが私たちに近づいてきた。


「もしおふたかたがよろしければ、私どもから謝礼を出させて頂くこともできます」


どうやら高跳さんは方針を変えたようだ。最初はふたりが「出てもいい」だったのに、「謝礼を出」してでも出て欲しいという方向に。まあふたりとも見栄えはするし、ビジネスジェットに馴れてしまった千夜ひとりが大きなベッドでごろごろしているより、初めてビジネスジェットに乗った友人とくつろいでいるシーンの方が世の中への宣伝効果が高いと考えたのだろう。


そして千夜にとっても同じことが言える。いつもできるだけ違うようにリポートしようと試みてはいるけど、やっぱりCM動画を見ている人だってマンネリ感が出てきているはずだ。そこに「天道静香」の友人が入ることで、新鮮な映像になるはずだ。


だって千夜がなにもしなくても純子と美桜が機内でいろいろ見つけてくれるはずだし、3人で広いベッドでごろごろしているだけでもそれはそれで楽しい。ただ千夜ではなくて静香よりになるだろうけど。


「確かにそれはいい考えですね。私たちもそれに便乗してもよろしいでしょうか?」


今回の旅行では明石さんが付いて来てくれている。そして大久保さん。音楽活動では大久保さんの存在が欠かせない。


「明石さん? それはプライベートビデオにふたりに出てもらうってことですか?」


「そうです。当然リリース前にはおふたりにもチェックして頂きますし、私どもも十分な礼金をお支払いすることができると思います」


うーん。高跳さんも明石さんも話の持っていき方が間違っていると思う。このふたりはお金に対しては無頓着、というかおそらくこれまでの人生でお金に困ったことがないと思う。このふたりの判断基準は好奇心ではないだろうか?


「静香はどう思う?」


純子が静香に聞いて来た。こっちにきたか。美桜もこちらを見ている。


「そうね。一緒に出てくれたらうれしいけれど、少なくとも一時的に有名人になる可能性はあるね。それがふたりにとってどうなるかは私にもわからないけど」


静香はできるだけ誠実に答えた。


「そう? じゃあ出て見ようかな?」


「そうなの? じゃあ私もそうしよっか」


静香としてはありがたいけれど、本当にどうなるかはわからない。ふたりにも良い方に転がったらいいのだけれど。


その後は三人で、機内をうろうろする。一番時間を使ったのも楽器部屋。楽器部屋といっても今回もソロだから、静香のギターとベースが合わせて5本。いずれも破魔矢さんのもので、ツアーで使い慣れたアコギの RR-86が3本、一本だけだと困るから追加で作ってもらったアコベの ABC-86 が2本。


プライベートの楽器は持って来なかった。バックミュージシャンもいないので、今回のヘッドライナーの中で一番少ないのは間違いない。フェス全体だと、それこそハーモニカだけとかの人もいるみたいだけどね。


「なにか弾いてよ」


「なにかって?」


これらのやり取りもカメラにしっかりと撮られている。


「なんでもいいよ」


「じゃあ、私が今作ってる曲を弾くね」


チューニングしている間、ふたりは静かに待ってくれた。


「お待たせ」


そういうとふたりが大げさに拍手してくれる。


静香は今ちょうど作っている新曲を弾いてみた。これで完成形にするかまだどこかを変えるかも決めていないし、歌詞だってまだないのでハミングする。2週目で急に旋律が頭に浮かんだので途中から頭に浮かんだ旋律を追いかけていく。勝手に指が動く、ハミングが主旋律を奏で、それらが調和して、静香をどんどん先に連れて行く。これは今まで静香が書いた曲の中では一番の出来ではないか? 指がさらなるコードを奏で、ハミングが低音と高音を跳ねる。


「できた」


「できた? 確かに途中から違う曲になった気がするけど……」


「今作ったの?」


「うん作った、そうだ! これ楽譜に起こさないと。ちゃんと録音しておけばよかったなあ」


静香がそう言うと美桜が笑う。


「大丈夫。ここで撮ってるじゃない」


そう言って3人の横にいるカメラを指さした。

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