192.台湾研修(7)
「舞鶴さんの声が良く出てるんで、ちょっと調整しますね」
撮影の現場やレコーディングの場で、そういうこと話をちょくちょく聞くようになった。このような業界にいるのだから、声量があることは良いことだと思う。当然マイクで増幅しているわけだけれども。
「ボイトレの成果がさらにでてきましたね」
確かにその通りなのだろう。でも心構えも影響しているのではないかと思う。
真人之息以踵、衆人之息以喉
踵で息をするなんてことは当然身体の構造的に無理なのだけど、身体全体を使った呼吸をイメージするだけでも発声は変わる。
静香は人間を科学として捉える学問を学んでいるが、どこまでを科学として捉えるかは人によって異なる。例えば「プラシーボ効果」は科学なのか?
それは人によって捉え方が変わるだろう。そして中医やそれとは独自の発達を遂げた日本の漢方にも同様の事が言える。実際に多くの漢方薬が西洋医学を学んだ医者によって利用されている。つまり再現性などが立証できれば、それは科学に柔軟に取り込まれる。
そして一卵性双生児を含めても同じ人間がこの世にふたりとしていないのだから、その薬が有効かどうかもその人によって、あるいは状況によって変わる。
結局のところ、多くの人がかかる病気についてはその対処法も早く決まるが、希少な病気について対処法が見つからない。なぜなら希少だからということになる。さらに合併症などの問題もある。ある病気に罹患している患者が別の病気にも罹患している可能性がある。そしてその病気には因果関係があったりなかったりする。
そうなると再現性を求めるのはさらに困難になる。だからその希少な患者ひとりひとりに対し試行錯誤をすることになる。病状によっては、もちろん患者やその家族の同意を得た上で、患者の命を揺さぶることすらしながら医者はその病いの解明と対処を続けなければならない。
これはなにも病気に限ったことではない。普通に「舞鶴千夜」という芸名を持つ人間も、同姓同名はいるかもしれないが、根本的な意味ではこの世にひとりしか存在しない。だからボイトレのように多くの人に有効だと科学的に立証された方法で能力を引き出せるところもあるし、心構えといった他の人に効果があるかわからないものもある。
こういった経験を蓄積させ、データとしてまとめて科学に変えるのが科学者だ。そして医者もまた科学者であらねばならないと千夜は考える。
そしてこの時期は将棋でも静香は大事な棋戦が続く正念場を迎えていた。去年よりは体力もついたと思う。呼吸法などもいろいろ学んだ。
だが、まだ長時間の棋戦では上の方に行けば負けてしまう。棋神戦の準決勝で箱石先生に敗れ、昨年度自分が作った連勝記録を塗り替えたものの連勝記録も38勝で止まった。これはもう静香自身が塗り替えることはできないだろう。
そして比較的時間の短い鋭王戦では決勝まで進出することができたが、御厨先生に負けた。王者戦では予選で国分先生に負け、王偉戦は本戦リーグには入れたが、小田桐先生に負けた。
なにかがいろいろ足りない。体力も精神力も大局観も不足している。来年度はまだまだ新しい方法を見つけなければならないと静香は思った。その前にすぐに変えれるところは……まずは環境かな。3年生になればキャンパスも変わる。それに合わせて静香はひとり暮らしをすることを考えた。
<対戦成績(1~3月)>
1月上 王者戦 1次予選 準決勝 〇
1月上 棋奥戦 予選 1回戦 〇
1月上 女流名人戦 第1局 〇 今泉 七海 女流名人
1月中 順位戦 C1 第8局 〇
1月中 白銀戦 C級 第4局 〇
1月中 夕陽杯 本戦 1,2回戦 〇〇
1月中 公共放送杯 本戦 準決勝 〇 櫛木 蒼 竜帝
1月中 女流名人戦 第2局 〇 今泉 七海 女流名人
1月中 王者戦 1次予選 決勝 〇
1月下 竜帝戦 5組 3回戦 〇
2月上 女流名人戦 第3局 〇 今泉 七海 女流名人<奪取>
<七段/女流七冠(女王・女流王者・女流王偉・聖麗・女流玉将・所沢桜花・女流名人>
2月上 鋭王戦 本戦T 1回戦 〇
2月上 順位戦 C1 第9局 〇
2月上 棋奥戦 予選 2回戦 〇
2月中 棋神戦 決勝T 1回戦 〇 小田桐勇 八段
2月中 鋭王戦 本戦T 2回戦 〇 櫛木 蒼 竜帝
2月中 編入試験 第5局 ― 武田将運四段(3勝1敗で合格済)
2月中 夕陽杯 本戦 準決勝・決勝 〇〇 国分正道 九段
2月中 王者戦 2次予選 2回戦 〇
2月中 玉将戦 1次予選 1回戦 〇
2月中 王偉戦 本戦リーグ白 第1局 〇 早蕨大輔 九段
2月下 棋神戦 決勝T 2回戦 〇
2月下 公共放送杯 本戦 決勝 〇 御厨陽翔 名人
3月上 白銀戦 C級 第5局 〇
3月上 鋭王戦本戦T 準決勝 〇 月影拓也 二冠(棋奥・王偉)
3月上 王偉戦 本戦リーグ白 第2局 〇 櫛木 蒼 竜帝
3月中 棋神戦 決勝T 準決勝 ● 箱石鈴久 八段
3月中 順位戦 C1 第10局 〇
3月中 玉将戦 1次予選 2回戦 〇
3月中 鋭王戦 本戦T 決勝 ● 御厨陽翔 名人
3月中 王者戦 2次予選 決勝 ● 国分正道 九段
3月下 棋奥戦 予選 3回戦 〇
3月下 竜帝戦 5組 準決勝 〇 野々原朝 六段
3月下 王偉戦 本戦リーグ白 第3局 ● 小田桐勇 八段
<今年度通算成績(4~3月)>
棋戦:61勝7敗無分 勝率0.90
女流棋戦:50勝無敗無分 勝率1.00
合計:111勝7敗無分
※年度勝率 歴代2位(昨年度0.93)
※年度勝利数 歴代5位タイ
※最多連勝 38連勝 歴代1位
※最多対局数 (櫛木竜帝と同対局数)
タイトル:
女流名人(New!、1月奪取:下記も注記なしは今期初)
所沢桜花
女流玉将
女流王者(二期連続)
聖麗
女流王偉
女子オープン女王(二期連続)
一般棋戦:
星雲戦(予選から無敗での優勝は初)
夕陽杯(連覇)
公共放送杯
<芸能活動での受賞歴>
5月下 ニース国際映画祭
『作品賞』『女優賞』
9月上 ビエンナーレ国際映画祭
『金賞(作品賞)』『審査員賞』『女優賞』
※別の映画で『金賞』と『審査員賞』を得たのは初
1月下 グラマフ賞
『最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞』『最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバム賞』『最優秀アルバム賞』『最優秀レコード賞』(※いずれも2年連続)
2月上 アカディムア賞
『作品賞』『主演女優賞』
2月下 ベルリナーレ映画祭
『銀熊賞(主演俳優)』 ※複数回受賞は初
「荘子」
「真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす」
真人はかかとで息をし、凡人は喉で息をする