191.台湾研修(6)
「へー。静香はかなり濃い体験をしたのね」
台湾研修は個別に行動する前半の3日間が終わり、団体行動する後半に入った。今日は、台湾の中南部にある国立故宮博物院に来ている。静香は純子とふたりで古代からの貴重なコレクションを見ながら、お互いの前半の研修について話していた。
「あっ、この陶磁器、すごく綺麗」
「それは、乾隆帝の時代の逸品ね」
美桜ほど造詣が深いわけではないが、純子も有名な美術館や博物館は一通り行ったことがあるという。この故宮も3回目とのこと。それにしても、有名な作品や気に入った作品だけとは言え、ちゃんと覚えているのは凄い。作品の紹介を見ると、「琺瑯彩山水楼閣胆瓶 清朝 乾隆期」と記されている。
「北京の方の故宮博物院にも行ったことがあるけど、コレクションはこちらの方が凄いと思うわ」
そんな言葉がすらっと出て来る。純子が逸品を楽しんでみているのはわかるし、こうして静香のガイドをすることも楽しんでくれているようなので友達というのは本当にありがたいと思う。
「美桜もそうだけど、純子もこういうのにすごく詳しいよね。私もちゃんと美術に触れないとダメだなあ」
「静香は……私みたいな素人じゃなくて音楽のプロだからレベルが全然違うと思うわ。私の美術の感性だって美桜の足元にも及ばないわ。あの子ならこの作品の来歴とかぺらぺら話始めるわよ、きっと」
その発言の前半はともかく、後半については心から同意なので静香は純子と笑った。
「だって、静香はこの国の大臣と直接会って話ができたでしょ。初日の中医の大家の先生も、調べてみたらかなりの大物じゃない。私も静香と一緒に台湾大学に行ったらよかったかな? アミ族のフィールドワークも楽しかったし、両方は無理なのはわかっているんだけどね」
「そうそう、さっきまで私の話ばっかりだったじゃない。フィールドワークはどうだったの?」
ふたりはあらかじめ言われていた時間いっぱいまで、お互いの個人研修について話しあいながら、古代中国からの数多の至宝を楽しんだ。その後も台湾の他の大学に行ったり、台湾の学生と一緒に街を回りながら、台湾の風習について教わったりしながら有意義な時を過ごした。
静香はもちろん千夜ではなくて静香スタイルだが、こちらの風貌も有名になってしまったのでもう誤魔化すことはできない。台湾の学生はこちらのどの生徒にも親切にしてくれたけれど、静香には特に気を使ってくれたように思える。
街を自転車で巡る際に、多くの台湾の学生が静香のグループの周囲にいたのが気になったけれど、これは必要な措置だった。街巡り中に邪魔が入らないように静香たちをわざわざ守るように彼らが周囲にいてくれたからだ。おかげで変な邪魔が入らずに台湾のいろんな風習や文化を知ることができた。
そして台湾での最終日、静香たち一行は再び桃園国際空港にいた。研修中、純子や他の同級生に散々脅されたこともあって、静香はLCCに乗り込むのが怖かった。だが、実際体験してみるとそれほどの不具合は感じない。確かに足は窮屈だけど、静香の体は横幅があまりないので左右には問題がなかった。そもそも周りは同級生ばっかりだし。
成田空港の第3ターミナルに降り立った時にも静香は元気だった。
「散々純子たちが脅かすから心配してたけど、別に普通だったじゃない。まあ集合時間とかは早かったけど。今後ツアーでも使えるかな。まあ楽器とかあるから無理ね」
「静香って結構タフなのね。私はフルサービスキャリア(LCCじゃない普通の航空会社)でもエコノミーだと長時間はキツイわね」
「私もこれで太平洋を渡るとかだと、結構辛いだろうなと思うわよ?」
研修は第三ターミナルで解散。あとは各自仲のいい友達たちと帰ることになる。ここで静香は思った。第三ターミナルって結構不便だな、そもそも成田自体、羽田に比べると随分遠いな、という飛行機に乗った事がある人なら当然のことを今更のように気が付いた。
やはり羽田まで送迎付きで、そこからビジネスジェットを使えるのは、メチャメチャ恵まれているんだなあと、当たり前のことをいまさらながら思った。
1週間ぶりに自宅に戻った静香は久しぶりに自分のベッドで寝た。枕が変わると寝られない、といったことは静香にはないが、それでも自分のベッドの方がよく眠れる気がする。
だが、自宅に帰って横になると、楊老師から聞いた様々な中医の思想や技術が静香の頭の中を駆け巡った。中医は自然科学であって、人体は一つに繋がった構造を持ち、お互いが複雑に影響しあっている。だからバランスだ。全体最適が必要だ。
でも静香は明日、早速仕事がある。白銀戦(女流順位戦)C級の第5局。女流のC級だと思って甘く見てると足をすくわれる可能性もある。それが終わったら、ベルリナーレの報告会という名前の記者会見もあるんだったっけ……
そのまま静香の意識は眠りに落ちた。
すいません。ここのところ休んでばっかりですが、年度末関連でまたお休みをせていただきます。次回更新は4月11日目標です。申し訳ないです。